カードをかざして、重いドアを押し開ける。電気のスイッチを入れると、ただっ広いオフィスは瞬きをするように目を覚ました。
デスクに荷物を置き、イヤホンの音量を少しだけ下げて壁に目をやる。始業までは、まだ二時間近くあった。辞めたい辞めたいと願いながらの通勤だけど、空調も電気もぜんぶ独り占めして、こっそり音楽を聴きながらメールチェックに集中するこの時間が、私は嫌いじゃない。
ノートパソコンの電源を入れる。今朝の新着メールは百十三件だった。上から順にタイトルを追って、明らかに不要なものを削除していく。
アダム・レヴィーンの高音ボイスが次第に遠のいていく。不思議な静寂の中心で、私はじっとパソコンと向き合う。いっそ何かの祈りのように。
『静寂の中心で』
10/8/2025, 9:53:10 AM