未知亜

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10/11/2025, 8:43:16 AM

ㅤ見て、と袖を引かれ、僕は立ち止まった。佳織の手が足元を指さしている。

ㅤ群生している花畑から離れた歩道の隅に、一輪だけ咲いてるコスモスだった。濃いピンクの花びらが風に揺れる。

「たぶん今、洋ちゃんこんな感じかなって」
ㅤぽつんと咲く花の前にしゃがみ、佳織が付け足した。
「いーんだよ、皆と同じ場所じゃなくたって。一輪でもちゃんと綺麗だし」

「待ってるわ、隣に佳織が来んの」
ㅤ同じようにしゃがむと、佳織の手を握り僕は笑いかけた。
「ずっと一輪じゃ、やっぱ寂しいからさ」
ㅤ思ったよりかは上手く笑えた気がした。

『一輪のコスモス』

10/10/2025, 9:48:26 AM

ㅤ昼ごはんのおにぎりとスープを手にレジに並んだ時、肉まんのショーケースに気づいた。今年は随分早い気がした。
ㅤたとえば毎日通る道で、解体工事が始まってからとか、看板が広告募集中に変わってからとか、それまでここに何があったっけと思う。カップスープの蓋に器用におにぎりを載っけて、スマホを持った手で私は眉間を揉んだ。肉まんのショーケースが置かれた場所に、昨日まであったはずの物が思い出せない。
ㅤ先週はぐれた恋も似たようなものかも知れない。心のその部分をそれまで締めていたはずの何かを、私はもう思い出せない。
ㅤ背後の咳払いで我に返る。申し訳程度の会釈を返し、こちらに向かって手を挙げる店員へと私は歩み寄った。

『秋恋』

10/9/2025, 9:01:17 AM

ㅤさっきから、同じページばかり何度も目で追っている。諦めて本を閉じ、ベッドに寝転がった。呻きじみた意味の無い言葉が喉から漏れる。

ㅤ何を選んでも選ばなくても。いつもそうじゃない方の未来をグズグズと想ってしまう。目の奥がじんとして、カーディガンの袖口を当てた。こんなに涙が溢れるのは、急に気温が下がったから。雨ばかり降ってるから。

ㅤ愛する、それ故に。ひとりぼっちでいるよりももっと寂しくなるのかもしれない。

『愛する、それ故に』

10/8/2025, 9:53:10 AM

 カードをかざして、重いドアを押し開ける。電気のスイッチを入れると、ただっ広いオフィスは瞬きをするように目を覚ました。 
 デスクに荷物を置き、イヤホンの音量を少しだけ下げて壁に目をやる。始業までは、まだ二時間近くあった。辞めたい辞めたいと願いながらの通勤だけど、空調も電気もぜんぶ独り占めして、こっそり音楽を聴きながらメールチェックに集中するこの時間が、私は嫌いじゃない。
 ノートパソコンの電源を入れる。今朝の新着メールは百十三件だった。上から順にタイトルを追って、明らかに不要なものを削除していく。
 アダム・レヴィーンの高音ボイスが次第に遠のいていく。不思議な静寂の中心で、私はじっとパソコンと向き合う。いっそ何かの祈りのように。

『静寂の中心で』

10/7/2025, 9:40:54 AM

 こちらに気づかないまま、君が通り過ぎる。足早なあいつに歩幅を合わせ。僕の見たこともない顔をして。

 乾いた心に吹きすさぶ風が、心の森に火を呼び覚ます。次第に明るく燃える葉を、なすすべもなく僕は眺めた。

『燃える葉』

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