未知亜

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7/31/2025, 3:21:28 AM

迫る車体に思わず身を縮めた。次の瞬間、むわりとした風に包まれる。当然来ると思った痛みはほとんど感じなくて、衝撃と熱さ、ただそれだけが俺を齧った。

左足が動かない。いや、首も指先すらも。自分の身体がどうなっているのか知る術がなかった。
目の前には、アスファルトの地面がひろがっている。夏でもないのに夏の匂いがする。地面に倒れてることだけはわかった。あるいは数メートル飛ばされたかもしれない。

「大丈夫かっ!? 」って駆け寄って来る人も居ないもんなんだなあ。
ドラマで見るような風景と比べて馬鹿な感想を抱いていると、救急車の音が聞こえた。

どくん、どくん。
心臓の音がやけに響く。耳の中で直接鳴っているみたいだ。まだ立派に生きてる証。
自分の鼓動が熱い。死にたくないと訴えてるみたいに。

なんだよ。
今更そんなに頑張るなよ。
おまえも俺も、もうじゅうぶん頑張ってきたじゃないか。

救急車の音が止まった。数人の呼ぶ声が近くなったり遠のいたりする。
そして世界が、ふつりと途絶えた。


『熱い鼓動』

7/30/2025, 9:16:40 AM

タイミングが良かったことなんかない気がする。

誰にでも懐く犬にさえ吠えられる、
SNS始めたら早々に乗っ取られる、
傘を忘れたら雨が降る(だから、母にとって絶対晴れて欲しい日には必ず傘を持たされた)、
残り一個の特売品は目の前で持ってかれる、
ほかにも……

「それは……難儀なことで」
君は古い言い回しで、ひょこりと顎を突き出した。
「だからさ、潔く仏滅にしたんだ」
「え?ㅤどゆこと?ㅤ今日仏滅なの?」
「うん」

「なんでまたわざわざ……」
「別に合わせた訳じゃないよ?ㅤたまたまだったんだけど。別の日にしなかったのは、タイミングとかじゃなくて、暦のせいに出来るかなあ、って……」
われながら馬鹿らしくなって、声がどんどん小さくなった。
黙っていた君がプッと吹き出す。
「そんな弱気な告白はじめて」
君の笑顔の眩しさ。

え?ㅤこれってさ、ひょっとして。期待してもいいやつ!?
「どうかなあ」
声に出したつもりはなかったのに、返事があって驚いた。
口に手を当てたまま何も言えないでいると、
「日曜日、デートしてよ」
信じ難い言葉が飛んでくる。
「私のために都合つけてくれたら、返事してあげる」
まって、まって、追いつかないから。タイミングなんか、全部ぶっ飛ばされてる!


『タイミング』

7/29/2025, 9:22:47 AM

「虹のはじまりって、どうなってんだろうね」
教えてもらった空の弓を店の窓越しに見上げて、思いついたことを言ってみる。

「小さい頃気になって、探しに行ってみたことあって」
蛇腹にしたストローの袋に水滴を落としていた彼女が、「へえ」とこちらを見た。
「かなり遠くまで歩いたんだけど、全然近づけなかった」
「諦めんの、早すぎたんじゃない?」
スマホを手に取り操作しながら、興味無さそうに彼女が言う。
「そうかもね」

虹は幻みたいなものだと聞いたことがある。
近づいてるつもりでも、別の角度で生まれる虹が次々と目に映り込み、ふもとにはいつまでもたどり着けないと。
「人を好きになる時みたいだなって」
チラリとこちらを見る目が胡乱を帯びた。またこいつは何を言い出すんだか、とでも言いたげに。

「好きって気持ちのはじまりって、よく分かんないもんじゃない?」
と言った瞬間、目の前に画面がかざされる。
「ネットに落ちてた。虹のはじまり」

誰かが書いたブログだろうか。
『虹のはじまりには雨が降っている』
というキャプションが付けられた写真では、道路のど真ん中から見事に虹が生えていた。

「なんにでも、始まりはあるよたぶん」
水浸しになったストロー袋のいもむしをつつきながら彼女が言う。
「あたしは覚えてるけどね、はじまり」
なんの事か分からずに、びしょ濡れでくたりとした白い物体をまじまじと眺めてしまう。

「だから、あんたを好きになった瞬間」
はあ、と間抜けな声が出た。その後に、えっ?、となる。
「この写真みたいに、それはもうはっきりと」
そう言って、彼女は悪戯っぽく笑んでみせた。


『虹のはじまりを探して』

7/28/2025, 7:49:43 AM

もわりとした風がまとわりつく駅前。
夕暮れになっても気温はちっとも下がらない。
生温い風に呼吸まで苦しくなる。
会えない時間を過ごす僕の、行き場のない気持ちのようで。

日傘の下で手を振る君の周りだけが、やけに涼しげに見えて。
短い階段を駆け降りる。
ようやく息ができる気がする。

『オアシス』

7/27/2025, 2:41:24 AM

結局いつも雑魚寝になってしまうな。
空いた缶をビニル袋に放り投げ、所謂パーティ開けされたスナック菓子の袋を雑にまとめる。
俺の下宿が大学のすぐそばで。
ゲームしたりダベったりにちょうどいい溜まり場になっていた。

誰かトイレに起きてもゴミを蹴飛ばさない程度には通り道が出来た。
ちゃんとした片付けは起きてからやろう。
あとは……。

男共はほっといて、女子二人には何か掛けておこうと思ったが、普段使いのブランケットでは気が引ける。
しばし考えて、引き出しの奥から大きめのタオルを引っ張り出した。
去年の夏フェスで買ったきり使っていないから、臭ったりはしないだろう。

ベッドにもたれかかったみっちゃんの肩に、先にそれを掛ける。
そんな気持ちないのに、なんか無駄にドキドキした。

カナちゃんは、グラスを握り締めたままテーブルに突っ伏して寝落ちしていた。
睡魔に襲われる数分前まで、俺の知らん男の同じ話を延々していたカナちゃん。

指先をグラスから剥がすように解いて、目尻に白く残る涙の跡に気づく。
こんな近くで顔を眺めたのは、初めてかもしれない。

彼女はさっき泣いていただろうか。
欠伸を連発していたから、単にそのせいかもしれない。
近い将来、人知れず泣いた彼女の痕跡を、この距離で誰が見つけるのだろう。

嫉妬とも呼べないモヤモヤを抱えて派手な色のタオルをそっと掛け、俺はその傍に雑に横になった。

『涙の跡』

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