未知亜

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「虹のはじまりって、どうなってんだろうね」
教えてもらった空の弓を店の窓越しに見上げて、思いついたことを言ってみる。

「小さい頃気になって、探しに行ってみたことあって」
蛇腹にしたストローの袋に水滴を落としていた彼女が、「へえ」とこちらを見た。
「かなり遠くまで歩いたんだけど、全然近づけなかった」
「諦めんの、早すぎたんじゃない?」
スマホを手に取り操作しながら、興味無さそうに彼女が言う。
「そうかもね」

虹は幻みたいなものだと聞いたことがある。
近づいてるつもりでも、別の角度で生まれる虹が次々と目に映り込み、ふもとにはいつまでもたどり着けないと。
「人を好きになる時みたいだなって」
チラリとこちらを見る目が胡乱を帯びた。またこいつは何を言い出すんだか、とでも言いたげに。

「好きって気持ちのはじまりって、よく分かんないもんじゃない?」
と言った瞬間、目の前に画面がかざされる。
「ネットに落ちてた。虹のはじまり」

誰かが書いたブログだろうか。
『虹のはじまりには雨が降っている』
というキャプションが付けられた写真では、道路のど真ん中から見事に虹が生えていた。

「なんにでも、始まりはあるよたぶん」
水浸しになったストロー袋のいもむしをつつきながら彼女が言う。
「あたしは覚えてるけどね、はじまり」
なんの事か分からずに、びしょ濡れでくたりとした白い物体をまじまじと眺めてしまう。

「だから、あんたを好きになった瞬間」
はあ、と間抜けな声が出た。その後に、えっ?、となる。
「この写真みたいに、それはもうはっきりと」
そう言って、彼女は悪戯っぽく笑んでみせた。


『虹のはじまりを探して』

7/29/2025, 9:22:47 AM