未知亜

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5/8/2025, 9:23:03 AM

ㅤ左肩に重みを感じた。静かだなと思っていたけど、敢えてそのままにしておいた。やはり眠ってしまったか。
ㅤ長い長い一日だった。あの時たまたまそばに居たのが僕だったから、きみは頼ってくれたに過ぎない。分かり切った事実を僕はちゃんと思い出し、隣の平穏を邪魔しないよう小さく息をついた。
ㅤ将来、この景色を僕は幾度となる思い出すことになるだろう。唐突にそう思った。きみの心は、僕の願うようには決して動いたりしないだろうから。
ㅤきみの前髪を揺らす風を。穏やかに上下する胸を。降り注ぐ木漏れ日に閉じられた目を。僕はこの世の縁にする。

『木漏れ日』

5/7/2025, 9:42:06 AM

ㅤ最初に声をかけてくれたのは、あなたの方だったのにね。私を新しい場所へ次々と誘ってくれたのは、私の知らない響きをたくさん教えてくれたのは、みんなあなただったのに。

ㅤ気がつけば独りで熱唱してた、
ㅤなんてありふれたラブソング。


『ラブソング』

5/6/2025, 9:38:11 AM

ㅤ喋り終えたとき、私は肩で息をしていた。息継ぎをほとんどしていなかったらしい、指先がじんじんして、身体のあちこちが酸素を求めて細かく震えている気がした。
ㅤ時折小さな相槌を挟みながら黙って聞いていた相手が、机の上で組んでいた指先を解いた。
「話してくださってありがとう」
ㅤ直接関係ないこと言ってしまうかもしれないけど、浮かんだことをまずお伝えしてもいいですか、と訊かれ私は頷く。
「前に別の患者さんに言われたんですけどね、不安な気持ちは心が書いた手紙みたいだって」

ㅤ私は手元のメモに目を落とす。初めての場所で話す時は必ず準備しているものだ。意識していなかったのに、幾つも書かれた『不安』という文字が、ドキュメンタリー番組でよく見る演出のように、そこだけ明るく浮かび上がった。
「私はいま、あなたからお手紙をもらった気持ちになりました」
ㅤこの手紙を、ひとりで読むのは難しいかもしれない。良かったら、これから少しずつ、一緒に開いていきましょう。

ㅤこれは、私が私に宛てた手紙を、読み解いていく物語なんだ。そんなことが、なんの根拠もなくストンと私の中に落ちてきた瞬間だった。



『手紙を開くと』

5/5/2025, 9:59:23 AM

ㅤその瞬間、世界から音が消えた。
ㅤ連休の晴れた銀座で僕は息を飲む。彩りの波の合間から、向こう側に立つ姿がまるでビームのようだった。
ㅤ見かけてもおかしくない場所だ。二人で来たことも何度もあった。背格好が似ているだけで、別人かもしれない。僕の頭の中を目まぐるしく思考が飛び交う。

ㅤ信号が変わる。四方から人並みが押し寄せて、僕は歩き出す。あさっての方向を見たままで。不自然なほど顔を背けて。
ㅤすれ違う瞳から、僕は目を逸らす。この中の誰よりも近くで、見つめ合う未来を夢みながら。


『すれ違う瞳』

5/4/2025, 9:56:56 AM

ㅤここまでかと観念した。もはや全てが暴かれて、復讐も終わるかと。思いつくまま必死に弁明した言葉は、無為に滑っていくように思えて。
ㅤしかし、気づけば私は貴方にしがみつかれていた。シャツを握る白い手が震え、疑いを向けた弱さを悔いる涙が私の袖を濡らす。
「信じてくれて、ありがとう」
ㅤ優しく髪に触れながら、心から感謝を伝えた。この人を壊せるという甘美な幸せが背筋を這い登り、私は内心舌なめずりをする。

ㅤ——まだまだ、青い青い。



『青い青い』

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