未知亜

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3/27/2025, 7:41:02 AM

ㅤ近道しようとして行きとは違う陸橋を通ったら、ギリギリのところで登りきれなかった。残量ゼロパーセントを示す電動自転車の液晶画面を睨む。なんで夜のうちに充電しておかなかったんだろう。このところの私は注意力散漫だ。
ㅤ重くなった車体をなんとか押し上げ、急勾配を登りきる。てっぺんについて息をつくと、腕とふくらはぎが微かに痙攣するのを感じた。
ㅤ影絵みたいな鳥が視界の端を飛んでいく。陽を受けた雲がキラキラと七色に輝いて見える。
——彩雲だね。
ㅤあなたの声がふと重なった。
——空気が澄んでるとき見えるんだって。
ㅤ翳りはじめた世界の中で、見上げたそこだけが目映い。
——いい事あるよ、多分。
ㅤ明日筋肉痛すごいだろうなと思いながら、ペダルに足をかける。登ってきたのと同じ傾斜のある下り坂へ、私は勢いよく漕ぎ出した。

『七色』

3/26/2025, 9:47:59 AM

ㅤ柔らかな陽の差す公園で、私はあんたを嫌いだと言った。高校の卒業式の日だった。
ㅤ学校の後、よくここで過ごしていた。他愛ないことばかり、いつまでも喋っていた。この時間に終わりが来るなんて考えてもいなくて。明日も明後日も同じような日が続き、ずっとこうして隣にいるのだと信じて疑わなかった頃。
ㅤあんたなんか大嫌いと言いながら、胸が張り裂けそうになった。知られてしまうことが怖かった。だからいっそ忘れたかった。二人で過ごした時間も記憶も、そう言って消してしまいたかった。
ㅤ私を見つめる唇が歪む。目尻の下がった小さな瞳にみるみる滴が溜まるのが、ただ綺麗で言葉を無くした。

ㅤあの日の続きのような柔らかな三月の陽差しの向こうに、信じられないほど美しいあんたが立っている。
「私も、あんたのこと嫌いだったよ」
ㅤ近づいてふわりと崩れた笑顔に、私は抱きしめられる。
「私は、あんたみたいになりたかったから」
ㅤ懐かしい匂いと温もり。
「たぶん、同じでしょう?」
ㅤ私の頬を拭って、大嫌いで大好きな顔が言う。
「高校時代の記憶は、あんたのことばかりだもん」
ㅤそうだね、私はずっと、一緒に過ごしたあの日の記憶に焦がれてた。


『記憶』

3/25/2025, 6:42:26 AM

ㅤわかってる。あたしはすぐ、運命とか持ち出して感激しちゃうほうだから。
ㅤだって宇宙はこんなに広いんだからね。出会える相手より出会えないで終わる相手のほうが、圧倒的に多いんだから。
ㅤ同じ時代の同じ国に、同じ種類の生き物として生きてるってだけでも、凄い確率で。
ㅤその上好きなものが被ったり、会話や仕種がシンクロしたりして、運命以外に何があるのよ?
ㅤもう今度という今度は間違いないって思ってた、あたし。
ㅤでも、神様。
ㅤもう簡単に運命なんて信じません。
ㅤ同じ時代に生きてる人類なんて、考えてみたら何億だって話だし。それは運命じゃなくて、偶然って呼ぶんだし。
ㅤだから信じない、もう二度と!

ㅤ……いや、しばらくは、かも、ですけど。


『もう二度と』

3/23/2025, 11:38:06 AM

ㅤ今朝の予報では雨は降らないと言っていたけど、気温はあまり上がらずに、重い雲が垂れこめていた。そばのベンチに腰掛けてバスを待ちながら、僕は空を眺める。
ㅤ吹く風はまだ冷たくて肌寒さを感じた。迷った末に止めたほうのフーディを着てくれば良かった。
ㅤ最近の僕はいつもこんな感じだ。タッチの差でなにか逃したり、ふとしたことで迷ったり、少しだけタイミングがずれていく。世界がまるで色を失くして、どんよりとした曇りみたいだ。なんだか頭もぼんやりする。
ㅤ君と並んで歩いていた頃は、一緒に虹を見つけたり、吹く風の匂いに季節を探したり出来た。鮮やかだったあの世界を幸せと呼ぶんだって、長い時をかけて噛み締めている気がする。
ㅤバスがやってきた。痛む腰を持ち上げてポケットの小銭を探る。歩き出したところで、誰かに呼び止められる。
「お父さん、いた!」
「あれ……由美……?」
「バスに乗ったら駄目だって」
ㅤピンクのカーディガンが目に眩しい。
「一緒に……」
「はい?」
「季節を探してくれんかのう」
「はいはい、焼き芋ね。今日もちゃんと持ってきたから!」



『曇り』

3/22/2025, 11:16:10 AM

ㅤいつ会っても、これが最後かもしれないと思わせるような人だった。一緒にいる時間が過ぎ去ることがただ惜しかった。
ㅤそぞろ歩いた公園のキラキラ輝る池の水面や、ビルの間に沈む夕陽。街路樹を透かす木漏れ日があなたの頬に作ったモザイク。電車を待つざわついたホームで前髪を吹き上げた風。話聞いてる?ㅤとぶつけてきた肩の熱さ。
ㅤそこに居るけど居ないようだと言われた私。
ㅤいつしか切り取っていたそんなものが、近い将来縋り付く唯一のものになることに、私は気づいていたのだろう。
ㅤだから大丈夫。bye bye…


『bye bye…』

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