未知亜

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3/26/2025, 9:47:59 AM

ㅤ柔らかな陽の差す公園で、私はあんたを嫌いだと言った。高校の卒業式の日だった。
ㅤ学校の後、よくここで過ごしていた。他愛ないことばかり、いつまでも喋っていた。この時間に終わりが来るなんて考えてもいなくて。明日も明後日も同じような日が続き、ずっとこうして隣にいるのだと信じて疑わなかった頃。
ㅤあんたなんか大嫌いと言いながら、胸が張り裂けそうになった。知られてしまうことが怖かった。だからいっそ忘れたかった。二人で過ごした時間も記憶も、そう言って消してしまいたかった。
ㅤ私を見つめる唇が歪む。目尻の下がった小さな瞳にみるみる滴が溜まるのが、ただ綺麗で言葉を無くした。

ㅤあの日の続きのような柔らかな三月の陽差しの向こうに、信じられないほど美しいあんたが立っている。
「私も、あんたのこと嫌いだったよ」
ㅤ近づいてふわりと崩れた笑顔に、私は抱きしめられる。
「私は、あんたみたいになりたかったから」
ㅤ懐かしい匂いと温もり。
「たぶん、同じでしょう?」
ㅤ私の頬を拭って、大嫌いで大好きな顔が言う。
「高校時代の記憶は、あんたのことばかりだもん」
ㅤそうだね、私はずっと、一緒に過ごしたあの日の記憶に焦がれてた。


『記憶』

3/25/2025, 6:42:26 AM

ㅤわかってる。あたしはすぐ、運命とか持ち出して感激しちゃうほうだから。
ㅤだって宇宙はこんなに広いんだからね。出会える相手より出会えないで終わる相手のほうが、圧倒的に多いんだから。
ㅤ同じ時代の同じ国に、同じ種類の生き物として生きてるってだけでも、凄い確率で。
ㅤその上好きなものが被ったり、会話や仕種がシンクロしたりして、運命以外に何があるのよ?
ㅤもう今度という今度は間違いないって思ってた、あたし。
ㅤでも、神様。
ㅤもう簡単に運命なんて信じません。
ㅤ同じ時代に生きてる人類なんて、考えてみたら何億だって話だし。それは運命じゃなくて、偶然って呼ぶんだし。
ㅤだから信じない、もう二度と!

ㅤ……いや、しばらくは、かも、ですけど。


『もう二度と』

3/23/2025, 11:38:06 AM

ㅤ今朝の予報では雨は降らないと言っていたけど、気温はあまり上がらずに、重い雲が垂れこめていた。そばのベンチに腰掛けてバスを待ちながら、僕は空を眺める。
ㅤ吹く風はまだ冷たくて肌寒さを感じた。迷った末に止めたほうのフーディを着てくれば良かった。
ㅤ最近の僕はいつもこんな感じだ。タッチの差でなにか逃したり、ふとしたことで迷ったり、少しだけタイミングがずれていく。世界がまるで色を失くして、どんよりとした曇りみたいだ。なんだか頭もぼんやりする。
ㅤ君と並んで歩いていた頃は、一緒に虹を見つけたり、吹く風の匂いに季節を探したり出来た。鮮やかだったあの世界を幸せと呼ぶんだって、長い時をかけて噛み締めている気がする。
ㅤバスがやってきた。痛む腰を持ち上げてポケットの小銭を探る。歩き出したところで、誰かに呼び止められる。
「お父さん、いた!」
「あれ……由美……?」
「バスに乗ったら駄目だって」
ㅤピンクのカーディガンが目に眩しい。
「一緒に……」
「はい?」
「季節を探してくれんかのう」
「はいはい、焼き芋ね。今日もちゃんと持ってきたから!」



『曇り』

3/22/2025, 11:16:10 AM

ㅤいつ会っても、これが最後かもしれないと思わせるような人だった。一緒にいる時間が過ぎ去ることがただ惜しかった。
ㅤそぞろ歩いた公園のキラキラ輝る池の水面や、ビルの間に沈む夕陽。街路樹を透かす木漏れ日があなたの頬に作ったモザイク。電車を待つざわついたホームで前髪を吹き上げた風。話聞いてる?ㅤとぶつけてきた肩の熱さ。
ㅤそこに居るけど居ないようだと言われた私。
ㅤいつしか切り取っていたそんなものが、近い将来縋り付く唯一のものになることに、私は気づいていたのだろう。
ㅤだから大丈夫。bye bye…


『bye bye…』

3/21/2025, 2:41:49 PM

ㅤ君と最初に会った夜、あの繁華街の小綺麗な料理屋で、共に傾けた硝子の銚子の美しさを覚えている。利き酒をしようよなんて、名前も知らない日本酒を次々と頼んでみた初夏の宵だった。
ㅤひと口飲んではもっともらしい感想を述べる私にあなたは赤い顔を向け、満足そうに杯を傾けた。酒に酔った振りをして、私はあなたに酔っていた。このひとってこんな顔をするんだという、感嘆のようなものに。


ㅤ何度目かの小さな言い争いの果て、
「ちょっと仲がいいくらいの友達でいようよ」
ㅤと君は言った。
ㅤそれがいいのかも知れないとその時は思った。君を苦しめるくらいなら、君の決めたルールに沿って私がごめんなさいと謝ろうって。ただ元に戻るだけだと。
ㅤそして君との間に十五か月が過ぎた。会うことも話すこともせず、既読スルーを決め込む相手のことを、友達とは呼ばないだろうね。あれから私は、なんだか上手く笑えない。
ㅤあの日、店に向かう道すがら路地をくだる君の背中の向こうに見事な夕焼けが見えた。スマホの地図に目を落とす君の名を、私は背後から壊れたように呼ばった。
ㅤ振り向いた君の笑顔と、並んで君と見た日暮れの景色。妖しくも幻想的なそれは今も、確かに私だけの情景にちがいないけれど。


『君と見た景色』

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