未知亜

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ㅤ君と最初に会った夜、あの繁華街の小綺麗な料理屋で、共に傾けた硝子の銚子の美しさを覚えている。利き酒をしようよなんて、名前も知らない日本酒を次々と頼んでみた初夏の宵だった。
ㅤひと口飲んではもっともらしい感想を述べる私にあなたは赤い顔を向け、満足そうに杯を傾けた。酒に酔った振りをして、私はあなたに酔っていた。このひとってこんな顔をするんだという、感嘆のようなものに。


ㅤ何度目かの小さな言い争いの果て、
「ちょっと仲がいいくらいの友達でいようよ」
ㅤと君は言った。
ㅤそれがいいのかも知れないとその時は思った。君を苦しめるくらいなら、君の決めたルールに沿って私がごめんなさいと謝ろうって。ただ元に戻るだけだと。
ㅤそして君との間に十五か月が過ぎた。会うことも話すこともせず、既読スルーを決め込む相手のことを、友達とは呼ばないだろうね。あれから私は、なんだか上手く笑えない。
ㅤあの日、店に向かう道すがら路地をくだる君の背中の向こうに見事な夕焼けが見えた。スマホの地図に目を落とす君の名を、私は背後から壊れたように呼ばった。
ㅤ振り向いた君の笑顔と、並んで君と見た日暮れの景色。妖しくも幻想的なそれは今も、確かに私だけの情景にちがいないけれど。


『君と見た景色』

3/21/2025, 2:41:49 PM