"バカみたい"
雪が降った真冬の日
辺りはとっぷりと闇に沈んでいる
電車の扉から出ると、ぶわっと冷たい空気に包まれる
防寒具を持ってくるべきだったと本日何度目かの後悔をする
朝から昼にかけて降っていた雪は既に溶け始め、半透明になった白い塊がそこらじゅうに落ちていた
駅の駐輪場から自転車を引っ張り出して、人気のないところまで押し歩く
前輪がおかしくなっていて歩くたびにガコンガコンとカゴが鳴いている
真冬に着るには少し心許ないパーカーに風が入り込んで、体から体温を奪っていく
今日は、なんて無意味な1日だったろう
一人じゃ何も出来ない。痛感した一日になって
とても惨めだった
痛烈な妬みと、悔しさと、恐怖に苛まれて
全て自分のせいだと思い知って
悲しくなってどうにかなりそうだった
ぴちゃり
暗くて気付くのが遅れる
雪が溶けて水溜りになっている所に盛大に左足を踏み入れた
歩くたびに靴の中で水が揉まれるようになった
その感覚が酷く不愉快で
冷たい。
私は勢いのまま自転車に跨り、冷たい風で頬の水を凍らせながら帰路についた。
"二人ぼっち"
そろそろ休憩しなよ
私の声は宙を舞う
君に届けたはずの言葉はそれきりで、君は机に顔を近づけて誰に届くでもない譫言を繰り返している
私は何も出来ず、ただ隣で君の青い顔を眺める日々が続いていた
どこから取ってきたのか大量の本をベッドしかないこの部屋に持ってきては、寝て起きて調べて落胆して寝て起きてを繰り返す
こんな生活をしていては体も心も壊れてしまう
ねえ、諦めて
ずっと思っていたことだった。
結果が出るかどうかもわからない努力を強いられる君を、どうにか救い出したかった
可哀想なほどに震える肩に手を伸ばして、慰めるふりをする
どうせ届かないと、わかっていたから
ぴたりと君は静止して、泣き出した
初めは小さな雫が机の紙の束に落ちるだけだった
けれど、すぐにダムが決壊したような涙がボタボタと君の頬に伝い始める
数日ぶりに君は弱音を吐いて、ベッドの上にある私の死体に縋り付いた。
"不条理"
なんか、上手くいかない
そう思い続ける人生を生きている
テストで学年1位を取ってきた兄を見た
平均点前後のテストを見る
友人に恵まれ、楽しそうに笑うクラスメイトを見た
教室で1人、両手で持った本を見る
楽しそうに、当然のように活躍しているバイト先の人を見た
失敗続きで役立たずの自分の姿を見る
努力が足りない
そんなことはわかりきっている
不幸ぶった自分が醜くてたまらない
また、夜が明けた
"泣かないよ"
天国からずっと、見守っているから
確かに君はそう言って、私の頬を撫でた
なんて馬鹿らしい
見守って欲しいんじゃない
そばにいて欲しかった
受け入れることも、手放すこともできない黒く染まった感情を抱えている
ドラマで聴くような薄っぺらい希望的観測
そんな言葉を投げかけられて、どう生きていけばいい
悶々として、静かな夜が続く
まるで呪いのようにかけられた言葉。
確かに心にまとわりついている
きっと、私が覚えている限りそれは
事実にしかなり得ないんだろう
君の真意と言葉の抑揚全てを頭の中に巡らせて
私は初めて、君を思い出して涙を流した。
"怖がり"
やけに静かな住宅街で鍵の閉まる音が響いた
そのままアパートの廊下を歩き出す。
それが思っていたよりもうるさくて数歩だけ大胆に歩いた所で立ち止まり、慎重に歩き出した
手すりの少し上に手をかざして、階段を降りる
築30年を超えたおんぼろアパートの階段
それを聞いただけでお察しだろう
最下段に足をつけた所で、近くの低木がガサリとゆらめいた
風など吹いてはいない。
どうにも目が離せずじっと見つめていれば、尻尾のちぎれた白い野良猫が這い出てきた。
それは金色の目をこちらに向け、綺麗な耳を外側へピンと立てて訝しんでいる
けれどもすぐに興味をなくしたようで、どこかへ走り去ってしまった
数秒の沈黙の後にハッとする
まだ目的地まで遠いというのに、先が思いやられてしまう
震えるため息を吐き出して、必死に足を動かした。