"過ぎ去った日々"
二度と戻らない
手放してしまえば、きっと後悔する
自らが成長するチャンスを、逃すのか?
そんなどこか的外れなことを言われた
ちゃんと理解している。諦めた自分は敗者であり愚鈍で役立たずなどうしようもないやつであること
けれども私は、その選択が間違いだったとは思わない
続けていたらどうなっていたか
もしかしたら私は世界中の誰よりも成長したかもしれない
けれど、もしかしたら我慢出来ずに人を殺しているかもしれない
利き手に鋭い包丁を持ち出して、切先についた血は目の前で震えるそれから流れ出ているものと一致する。
そんな光景が、瞼の裏で流れることが容易であること
素晴らしく醜い
我慢して我慢して、自らの心を壊して潰して蓋をして固めて奈落の奥底に放り投げて笑顔でいられるほど
大人になることができなかった私の落ち度。
痛いほど理解している。
それが出来ればどんなに楽だったか
一寸先は闇。その闇が私はどうしようもなく恐ろしい
恐ろしい、恐ろし過ぎて堪らない。
怖いものなど、見たくはないから
私は今日も、後ろを向いて歩いている。
"'お金より大事なもの"
すうっと意識が頭の中に戻ってくる
瞼を微かに開けば、カーテンの隙間から溢れ出る光は街灯から朝日に変わっていた
昨日の夜は数ヶ月の間近くの本屋だのネットだのフリマだのを探し回ってようやく手に入れた小説を読んでいた
面白そうだとは思っていたけれど、とにかく好みに突き刺さり後1ページ、後1ページとページを繰る手が止まらずそのまま眠りこけてしまったらしい。
ゆるゆると上体を起こし、枕横にある添い寝していた本を取り上げて折り目がついてしまっていないか確認する。
どこまで読んだか、どんな展開だったかを余韻のように思い出しながらパラパラと親指で弾き、最後に表紙を確認する
どうやら無事なようで、ほっと胸を撫で下ろしてベッド横にある机に置き直す
未だ体に乗っている布団を捲り上げ、行儀良く足を降ろす。冷たい空気が急速に体温を奪い始め、早々に暖かい布団に包まりたい気持ちに襲われる。
顔を歪めてなんとか立ち上がり、両手をカーテンにかける
ガバッと素早い速度で開けてみれば、美しい薄い青に燦々とこちらを照りつける太陽がそこにいた。
薄く羽のように伸びた雲と、飛行機雲まで空を飾っている
呆っとそれを眺めて、くしゃみをした
"月夜"
いつもの帰り道。
私は重くなった心と自転車をズルズルと引き摺っている
「いつもはちゃんとできてたのに…」
おかしくなった前輪のせいで歩くたびガコンガコンと揺れ動く籠の中にヘルメットを放り投げる
薄暗い夜道の中、役立たずな自分が恥ずかしくなり
そんな気分を紛らわすように呻く
私の情けない声も息遣いも、全て闇の中に霧散する
冷たいハンドルを握り締めながら、うだうだと帰路に着く
どうにかこの恥ずかしい気持ちを振い落としたくて必死に体を揺すっていると夜空に浮かぶ、まあるいオレンジ色が目に入る
一瞬街灯かと思ったが、ただの綺麗な月だった
よく見れば周りに星も僅かに輝いている
もしこれが小説の一節ならば
私はこの月や星々に慰められ、笑って明日を迎えるのだろう
けれども美しいそれらはより一層、私を惨めにした。
遠いところで光り輝き人を幸せにする
まるで私と正反対!
「…う」
手を握り締めると、ハンドルがギュウッと音を立てる。
指先が白く染まり始めるのを感じながらその場に崩れ落ちた
"たまには"
優しい色をしたチョコレート
箱を開けると、心地の良い音が響く
1つのかけらを口に放り込むと、甘みが口いっぱいに広がるのを感じる。そのまま舌の上で転がして、溶け出したチョコレートを飲み下す
甘いチョコレート、優しく私を抱えて慰めてくれる
そんな感覚が好きで、ずっと甘いものが好きだった。
けれど、少し遠くに並ぶ黒に釘付けになった
厳しい色をしたチョコレート
箱を開けると、破れてしまった
アルミホイルで包まれたそれをパキンと折って、口に放り込んで、そのまま噛み砕く
小さくなったかけらは溶け出して、私の舌を苦くする。
苦いチョコレート、疲れた私を癒して背中を押してくれる
慣れない味に私は咳き込んだ
"'大好きな君に"
海水だと思った。
飲めば飲むほど足りなくなって、喉の渇きは潤わない。
春を纏った君がどうしようもなく尊くて、愛すことすら臆するほどだったから
いつかいなくなる君からこのどうしようもない心を遠ざけて
触れれば壊れそうで、遠ざければ散ってしまいそうな君が
どうにももどかしくて、狂おしい
ついに君がいなくなったとき、世界に色をつける方法がわからなくなった
だから今日も、君を想う。
どうしようもなくなった、わたしのできること