"ひなまつり"
私は3人きょうだいの末妹でこの時期になると雛壇が飾られていた
ガラスに覆われた小さな雛壇
けれど幼かった当時の私にとってはすごく大きくて珍しくて、キラキラ輝いて見えた
側面にピンがあり、それを動かすと曲が流れ始める。
オルゴールの様な少し掠れた金属的な旋律。
それを何度も動かしては眺めて楽しんでいた
けれど何回目かのその時期に、何かの拍子にガラスが割れた
理由は覚えていない。
私のせいだったのかもしれないし、劣化か、はたまた何かが落ちてきたのかもしれない。
隔てていた透明な板がなくなり、埃と強い布の匂いが私の鼻腔をくすぐった。
電灯の光に直接当てられたお雛様はまるで生きている様に輝いて、つい魅せられた私は手を伸ばす。
硬い
髪を撫で、服を撫で、顔に触れる。
全て違った感覚だったけれど、全て同様に硬かった。
ふわふわしていて可愛いと思っていたので少しがっかりしたのを覚えている。
その後、私はガラスの割れた音ですっ飛んできた母に回収されて、雛壇は処分されてしまってそれ以来、見ることはできなかった。
私が幼い頃のひなまつりの思い出でした。🎎
"たった1つの希望"
深い山の奥にある、山小屋でたったひとりでそこにいた
何かに惹きつけられそこに入ったが最後、木で造られた特有の温もりと何かに魅せられた。
引き留められている様な気がして、入ってきた扉に手をかけることが憚られ、いつしか出ようとも思わなくなっていた
食べられない眠れない喋れない
いつしかそんな日々が続いている。
何かがおかしい。その状況に酷く怯えてやっと扉に手をかけた
同時に、もう片方の手の肩に誰かが触れた。
_いかないでほしい、ひとりはさびしい
切な願いは私を人ではなく概念に置き換えた。
"欲望"
拙い三日月の様な弧を描いた君の唇を見た。
その瞬間、静かに鼓動していた心は跳ね上がり
そのあと無様に砕け散った。
少しだけ色づいたそこは僅かながらに煌めいている。
そんなものを好んで付ける人じゃないということ
よく知っていたから。
その唇に乗った鮮やかな色に、君は絶対に気付いていない
だから、既に君は誰かのものであるということを
私は知ってしまった。
"遠くの街へ"
友人がいないわけじゃない
勉強だって苦手な方ではない
先生も、親もみんな優しい
趣味だってあるしバイトで少ないながらもお金も稼いでいる
でも何故だか、途方もない寂寥感に襲われることがある
学校の帰り道。
駅に向かう足は酷く単調で、自分の足ではない様な気がする
駅が近づいてきたらICカードを取り出して、改札にかざしたらまた仕舞う
電車に乗り込んで、家の最寄駅で降りる。のが、常だった。
突然ひどい喪失感が私を襲って、足が動かなくなってしまった。最寄駅に電車が止まる直前までは、いつもの様に足を動かして家に帰るイメージがついていたのに
電車は私を待つわけもなく、大袈裟に音を立てて閉まる
その音を聞いた時、スッと心の中の蟠りが軽くなったのを感じた。
結局私は習慣を壊し、いつもの駅で降りることはなかった
仕方がないので、私の我儘な心を言い訳に満足して
電車に揺られ笑った
"現実逃避"
星も月も寝静まった美しい夜だった
部屋に入る灯りは何も無い
黒に包まれた部屋では全く目が慣れず、エアコンの小さなライトを見つめていた
外から聞こえる虫の声と車の走り去る音だけに耳を傾けていると、勝手に頭が動き出してしまう
昔の言動や今日の失敗が頭の中を占拠して、顔が歪む
体だけを覆っていた布団をバッと頭まで上げて潜り込む
自らの息遣いと刻む心音を聞いて、自己嫌悪だけが残る
そろっと顔を出し、ベッド横の小さな電気をつける
私は擦り切れたカバーのついた本を手に取った
本の世界に逃げ出した私は瞬く間に引き込まれ、心の奥底に引き摺り下ろされた悩みなどちっぽけなものだと思い込む
ページを繰ってどれほどか経った時、不意に瞼が重くなる
そのまま寝てしまうのを危惧して、ブックマーカーをつけて本を閉じる
そのまま小さな電気は消さずに、柔らかな部屋の中で眠りに落ちた。