"星になる"
ある冬の夜。冷えた体を冬用の毛布と布団の間にねじ込み、温まっていく布団を感じながら眠りについた。
ふと目を開けると時計の短針は2を指し示している。
先程までぐっすりと寝ていたのに妙に意識がはっきりとしている。
これは30分目を瞑ったとて寝付けないと直感して、毛布を体の上からどかして一階へ降りる。
牛乳をコップに注いで電子レンジへ
特に何をするでもなく、キッチンに寄りかかって、くるくると回るコップを見つめていた。
ふと、月明かりに手元が照らされているのに気づく。
こんな時間なのに、こんなに明るいなんて
ふらふらと窓に近づいて眺めてみると、真っ黒な夜空にポツンとひとつ、満月が漂っていた。
周りにはあるはずの星が見えなかった。
それは、明るすぎる満月に消されているから
星は心地よいのかな、それとも自らの存在を消す明るすぎる存在に嫉妬で狂うかしら
あり得る二択の正反対さに思わず笑みをこぼして、星に願いを込める。
すると後ろからホットミルクが出来上がった音が聞こえてくる。
私は嫉妬、侮蔑、尊敬が入り混じった一瞥を月に捧げて、窓の側から身を離した。
"遠い鐘の音"
夕方の5時過ぎのこと。私は母の言いつけを破って家の前の木々の中に入っていた。
理由も伝えられずダメと言われてしまえば気になる物で、家で母の帰りを待つには私の体力も有り余りすぎている。
ただ少し、変わり映えのしない日常に嫌気も差していた。
何か、非日常的な何かが欲しかった。
何も起こらなくても、普段立ち入ることのない場所に行くというだけで素晴らしいことだった。
そう思い立ってしまえば早いもので、浮き足立って玄関に行き、靴を履く。
普段よりもしっかりと靴紐を結んで玄関を開けた。
森の中は鬱蒼としていて、鳥が鳴き、冷えた風に木もひしめいていた。
期待しているようなことも特になかったので、臆する事なく奥へ進む。
小さな崖に登って、露出した根を踏んで渡って、乾いた木の皮を触って奥に進んで行った。
どこを振り向いても木しかなくなった時、6時のチャイムが鳴った。
それは普段よりも小さくて、うんざりするほどの反響も聞こえない。
ああ、まずいのかもな。なんて、他人事に考えてみれば
もう一度、遠い鐘の音が鳴る。
森の中で音がこだまする。
私は、遠い鐘の音を背中に聞きながら森の奥へ足を進めた。
"スノー"
ある時の冬。
なんとなく元気のなかった君を連れて行った。
2人ともスノーなんて初めての素人だったのに、早々に要領を掴んだ君はスイスイと私を置いて遠くまで滑って行ってしまった。
置いていかないでよと叫んでも知らんぷり。
連れていかなければよかった。
次の日の朝、君の姿はどこにも無かった。
どこへ行ってしまったのか、どこにでもいける君が羨ましい。私はまだ要領が掴めなくてそちらにはいけないけれど
君がどこかへ行く勇気を、私が与えてしまったのかな
君が楽しいのなら、私はそれでいいよ。
ほっそりと目を細めて笑う君の笑顔が、私は一等好きだから。
なんて気障な言葉を考えていると、ベッドの足元の床に見覚えのある頭が転がっているのが目に入る。
そうだった、君はとんでもなく寝相が悪いのだった!
"夜空を越えて"
毛布を肩にかけて、ホットミルクを片手にベランダに出る。
すでに日を跨いで2時間が経っていた、先ほどまでの煌めいた賑やかな風景はいずこ、静まり返っていた。
いつもならとっくに寝ている時間だけど、今日だけは起きていたかった。
中秋の名月、一年で最も綺麗に見える月。
こんな真夜中に見るものでも無いけど
なんとなく、誰もいないところでこの月を独り占めしたかった。
手を温めているミルクを飲んでほっと息をつく。
夜空で一等輝いてこちらを見つめる月に見惚れて、いつの間にか、ベランダの柵に立っていた。
室外機の上に毛布とコップが置かれている。
誘われてしまった。断る理由も恐怖もなかった
私は月に向かって空へ飛び込んだ。
"ぬくもりの記憶"
記憶の片隅に、いつだって残っている記憶がある。
それは私を構成する重要な部分であって、ひとつでも欠けてしまえば「私」では無くなってしまうものだろう。
人は、記憶を得ていくのではなく。得た記憶から人が完成する。
当たり前のことではあるけれど、案外忘れているもの。
誰かに優しくするのであれば、誰かに優しくされているし
誰かに辛く当たるのであれば、誰かに辛く当たられている。
ならば、性格がいいとは言えないあの子は被害者か?
と問われれば、私はいいえと答えてしまう。
前述した通り、人は得た記憶から完成していくもの。
「あの子」は確かに被害者であるが、すでにたくさんの記憶を得ているであろうに、自らの行動に疑問を抱かない加害者である。
温かい対応は循環して、残るもの。
ぬくもりの記憶は、ただの記憶ではなく人を人たらしめる。人に思い出される時は、私は温かなものでありたい