"ぬくもりの記憶"
記憶の片隅に、いつだって残っている記憶がある。
それは私を構成する重要な部分であって、ひとつでも欠けてしまえば「私」では無くなってしまうものだろう。
人は、記憶を得ていくのではなく。得た記憶から人が完成する。
当たり前のことではあるけれど、案外忘れているもの。
誰かに優しくするのであれば、誰かに優しくされているし
誰かに辛く当たるのであれば、誰かに辛く当たられている。
ならば、性格がいいとは言えないあの子は被害者か?
と問われれば、私はいいえと答えてしまう。
前述した通り、人は得た記憶から完成していくもの。
「あの子」は確かに被害者であるが、すでにたくさんの記憶を得ているであろうに、自らの行動に疑問を抱かない加害者である。
温かい対応は循環して、残るもの。
ぬくもりの記憶は、ただの記憶ではなく人を人たらしめる。人に思い出される時は、私は温かなものでありたい
"凍える指先"
部活動最後の大会で、震えた指先をなんとか鎮めていた。
寒さだけではない、心の未熟な部分が指先を小さく震わせていた。
最後の個人戦
これまでの努力が報われる瞬間であり、これまでの努力が水の泡と化す可能性を今一度に持っている。
心の中で、
これまでの努力の全てを出し切るという熱い思いと、
これまでの努力が水の泡になるという確信めいた冷たい思いが交差して、何も考えられなくなる。
冷え切った頭の中では思考なんてもってのほか、これまでしてきた練習を思い返すこともできない。
ふっとひとつ息を吐いて、今の状況を他人事のように鑑みる。
不思議と思考が溶けてきて、今までの日々を反芻することができた。練習するときは何を思っていたか、今この場に立つ自分をどう思い描いてきたのか。
それだけじゃ足りない。
いまの私に、その足りないものを理解することは叶わなかった。
絶望と似たものを感じる。
だが始めてしまえば全て終わる。そう自らに言い聞かせて今、凍える指先を掌に隠した。
"雪原の先へ"
私はぷかぷかと浮かぶ体を宇宙に預けていた。
私がここに投げ出されて1万年経っただろうか。
何故こんなことになったのかは覚えてないし、これからどうするべきかなんて何も知らない。
きっと考えても答えは出ない。不思議と後悔はしていないけれど
いつか、星を全て数えてみようじゃないかと意気揚々と数え始めたことがあったが、生憎どれも似たようなものばかりで、どれを数えてどれを数えていないのかわからなくなってしまった。
今度の暇つぶしは何をしようと考えていると、ぼふっと頭に何かがぶつかる。
考える間もなく首、背中、お尻、足とどんどん懐かしい感覚が私の体を覆った。
どこかの星に辿り着いたらしい。
星の表面はふわふわとしている。
手をついて押してみると硬くなって、冷たくなった。
咄嗟に手を離して、赤くなった手を温める。辺りを見渡してみると、木がいくつかまばらに立っているだけで、それ以外は何もない。
地平線は丸みを帯びていて、そんなに大きい星ではないことがわかる。
では、この星を一周してみようじゃないか。
一周どれほどかかるのか、生命体は存在するのか、木は何本生えているのか、この星が行き着く先はどこなのか、全て知り尽くしてやろう。
立ち上がると懐かしい感覚にくらくらする。
高鳴る鼓動と、はやる気持ちを抑えながら歩き始める。
この雪原の先へは、どこへ繋がっていようか。
"白い吐息"
私は父の白い吐息を見るのが好きだった。
父がベランダへ行くと私もついて行って、近くでそれを眺めていた。
たまに輪っかになったり、空気中で右往左往して静かに消えていく姿が見ていて楽しかったから。
清々しい青に溶けていく白に惚れ込んでいた。
けれど近くで見ていると喉が苦しくなって、こほこほと咳が出てくる。
そんな様子を見て父が「あっちへ行っていろ」と私を手で追い払う。
仕方がないので私は部屋に戻って父の後ろ姿を少し眺める。
飽きたらソファに転がって手足を伸ばしたり、うつ伏せになって脚をパタパタさせたり。
それでも父の背中に意識は向けたまま。
空に舞い上がる白い吐息は綺麗で、幻想的だった。
父はそれを知ってか知らずか、短くなったそれを灰皿に押し当てて、新しく取り出して火をつけた。
"消えない灯り"
私にはひとつの楽しみがあった。
夜の、皆が眠りについた静かな時間
安物のアロマキャンドルに火をつけて、甘い白湯を飲みながら小説を読む。
冬はもこもこのコートと、ふわふわの膝掛けをして椅子の上で脚を抱えて本を読む。
ゆらゆらと普段見ることのない小さな灯りに愛されて
誰も邪魔できない、私だけの大切な時間
消えないでほしいと願う灯りを見つめている。
けれど一時間ほど経って眠くなってきたらその時間も終わり
キャンドルの火を消して、冷たくなった白湯を飲み干して
おやすみなさい、また明日