"雪原の先へ"
私はぷかぷかと浮かぶ体を宇宙に預けていた。
私がここに投げ出されて1万年経っただろうか。
何故こんなことになったのかは覚えてないし、これからどうするべきかなんて何も知らない。
きっと考えても答えは出ない。不思議と後悔はしていないけれど
いつか、星を全て数えてみようじゃないかと意気揚々と数え始めたことがあったが、生憎どれも似たようなものばかりで、どれを数えてどれを数えていないのかわからなくなってしまった。
今度の暇つぶしは何をしようと考えていると、ぼふっと頭に何かがぶつかる。
考える間もなく首、背中、お尻、足とどんどん懐かしい感覚が私の体を覆った。
どこかの星に辿り着いたらしい。
星の表面はふわふわとしている。
手をついて押してみると硬くなって、冷たくなった。
咄嗟に手を離して、赤くなった手を温める。辺りを見渡してみると、木がいくつかまばらに立っているだけで、それ以外は何もない。
地平線は丸みを帯びていて、そんなに大きい星ではないことがわかる。
では、この星を一周してみようじゃないか。
一周どれほどかかるのか、生命体は存在するのか、木は何本生えているのか、この星が行き着く先はどこなのか、全て知り尽くしてやろう。
立ち上がると懐かしい感覚にくらくらする。
高鳴る鼓動と、はやる気持ちを抑えながら歩き始める。
この雪原の先へは、どこへ繋がっていようか。
"白い吐息"
私は父の白い吐息を見るのが好きだった。
父がベランダへ行くと私もついて行って、近くでそれを眺めていた。
たまに輪っかになったり、空気中で右往左往して静かに消えていく姿が見ていて楽しかったから。
清々しい青に溶けていく白に惚れ込んでいた。
けれど近くで見ていると喉が苦しくなって、こほこほと咳が出てくる。
そんな様子を見て父が「あっちへ行っていろ」と私を手で追い払う。
仕方がないので私は部屋に戻って父の後ろ姿を少し眺める。
飽きたらソファに転がって手足を伸ばしたり、うつ伏せになって脚をパタパタさせたり。
それでも父の背中に意識は向けたまま。
空に舞い上がる白い吐息は綺麗で、幻想的だった。
父はそれを知ってか知らずか、短くなったそれを灰皿に押し当てて、新しく取り出して火をつけた。
"消えない灯り"
私にはひとつの楽しみがあった。
夜の、皆が眠りについた静かな時間
安物のアロマキャンドルに火をつけて、甘い白湯を飲みながら小説を読む。
冬はもこもこのコートと、ふわふわの膝掛けをして椅子の上で脚を抱えて本を読む。
ゆらゆらと普段見ることのない小さな灯りに愛されて
誰も邪魔できない、私だけの大切な時間
消えないでほしいと願う灯りを見つめている。
けれど一時間ほど経って眠くなってきたらその時間も終わり
キャンドルの火を消して、冷たくなった白湯を飲み干して
おやすみなさい、また明日
"きらめく街並み"
ある日の放課後、私は電車を待っていた。
季節はもう冬で肌を突き刺すような寒さが襲いかかり、思わずマフラーに顔を埋める。
皆が友人と話したり、俯いて携帯と睨めっこをしていたりと様々に、されど同様に電車を待っている。
私は冷たい風に足を擦り合わせ、今朝は鞄になんの本を入れたかを思い出していた。
私は立って電車の窓を見つめていた。滅多に眺めることのない早く流れる風景と、足元から伝わってくる振動。
読み終えてしまった本の代替えだけれど、楽しい
けれど遠くのあるものを見つけて、そんな気持ちは呆気なく霧散してしまった。
きらめく街並み、前までは日が沈むのも今より早くはなかった。
日に照らされたあの街はただの、本当にありふれた何気ない街並みだったのに。
いいな、あんなに輝いた場所でいられるなんて。
虹の端にいても何の気なしに生活するように、あの街で暮らしている人たちは何も感じていないんだろう。
最近では、なんだか疲れ果てている。
こんなただの風景に惑わされるほどにも
落ちぶれてしまった。
おかしいな、おかしいなぁと腹の奥で黒いものが渦巻き始める。
きっと明日もあのきらめく街並みに嫉妬するのだろう。
今度こそ読み終えてしまわないように、頭の中に読みたい本をいくつかリストアップして、電車を降りた。
"秘密の手紙"
届くはずのない手紙を書いている。
過去の私に向けた文章を
普通ならば、未来に向けて輝かしい言葉を綴って大事に取っておいたりするのだろうが、やはり返事のない手紙というのは寂しくて、途中で投げ出してしまう
過去に向けてもそれは同じだろうと思うけれど、対照的にどうしてなかなかペンが進む。
そのため過去の後悔だとか叱咤を書いている。
やっぱり自分のことなので、何を言えば自分が動くのかその時に必要な言葉はなんなのかは理解しているものらしい。
届かないのが悔しくなって、やり直せないのが悲しくて
投げ出したくもなるけれどやっぱりそれも許せなくて、不意に手が痛くなる。
こんなこともあったな、どうしてこんなことができたのか、なんて思い出そうとすればいくつも出てきて止め処ない。
気づけば便箋を何枚も使って届くはずもないものを書き連ねていた。
過去に届くことを願って、秘密の手紙を潰してゴミ箱に入れた。