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11/25/2025, 9:38:19 AM

『君が隠した鍵』

うちの犬は悪戯っ子で、小物の類をしょっしゅう隠す。
そして本能なのか、隠したものは十中八九庭の土に埋められている。

しかし詰めが甘いというか、杜撰というか。
申し訳程度に土を被せてあるだけなので、すぐに見つかる。

ある日、家の鍵が見当たらないので、これはまたやられたなと庭に回ると、案の定、庭の隅の土が小さくこんもりと盛り上がっているではないか。

しょうがないなぁもう、と呟きながら土を掻き分けると、やはりそこに鍵はあった。

少々都合の悪いことに、数日前に埋めた夫の指まで土の隙間から覗いていたので、キレイに痕跡を消してから、今回ばかりはお説教しないとな、と立ち上がった。

11/24/2025, 9:36:54 AM

『手放した時間』

ひとりで生きていこうと決めたことに、後悔はない。

できれば、誰かと寄り添い支え合う未来を望んでいたが、これまで出会った人は皆、私の犠牲と献身を当たり前のものと考えるタイプだった。

相手に合わせることを当たり前とされて、私の気持ちは蔑ろ。
一度や二度の話じゃない。毎回毎回。

それなら、もういいや、と。
無自覚に、傲慢に、傷つけられるのは、もうたくさん。

投げやりだと知人に言われたが、あなたに私の何がわかるのかと、心の中で吐き捨てて、私はひとりで生きると決めた。

女を捨てただの、子供のいる幸せを捨てただの、周りからいろいろ言われる。

うるせー!
赤の他人がゴチャゴチャ言うな!

手放したんじゃない。
私は手に入れたのだ。
私を大切にする時間を。

11/23/2025, 9:58:23 AM

『紅の記憶』

子供のころ、母が化粧をする姿を見るのが好きだった。

といっても、普段は素顔で、どこかへ出かける時にだけ、あっさりとした薄化粧をする程度だったが。

コンパクトに入ったパウダーファンデーションをパタパタとはたき、眉や目元には何も塗らず、歯ブラシよりももっと小さなブラシで毛を軽く整え、最後の仕上げに口紅を塗る。

紅筆を使って唇の輪郭をキレイに描き、最後にティッシュを軽く上唇と下唇で挟んで、ンパンパ。

決して派手な色ではなく、唇の元の色より一段明るいくらいのものだったが、紅を差した母の顔は、普段と違って人形めいて見えたものだ。

11/22/2025, 9:57:43 AM

『夢の断片』

夢のカケラが流れ着く場所では、それが結晶化し、無数の光る断片となって堆積していた。
​それは誰かの「こうありたい」という願いの残骸。

あるものはキラキラと輝き、あるものは暗く重たく、鈍い光さえ持たずに澱んでいる。

​私たちはその浜辺を歩き、自分のものではないカケラを拾い集める。
そして夜が来る前に、それらを再び海に投げ返すのだ。

そうすることで、夢は再生される。

ただひとつ、注意しなくてはならない。​
ここでは他人の夢を受け入れた瞬間に、自分の夢が色褪せてしまうのだ。

だから私たちは投げ返すだけ。
誰かの夢は誰かのもの。
私の夢は私のもの。

11/21/2025, 8:51:46 AM

『見えない未来へ』

先が見えない、なんてことをよく言いますが、未来が見えないなんて当たり前でさぁね。

見えちまったら、そりゃもう、ただの予定であって未来じゃ御座んせん。
ええ、“予め定まったもの”と書いて「予定」。“未だ来ていないもの”と書いて「未来」なんで御座います。

しかしなんですな、みなさんそんなに、先のことが知りたいもんなんですかな。

アタシゃね、見えたら見えたで気苦労が多いんじゃないかと思うんですよ。
見えたからって、全部が全部、避けて通れるわけじゃないんでしょ?

嫌なことや悪いこと、怖いことが起こるとわかっているのに、そこに向かっていかなきゃならないなんて、おっかなくてしょうがねぇですよ。

知っていれば気構えができるとか、何かしらの準備ができるとか、そういうのは随分と自分に頼れる人の考え方だと思ってね。

アタシなんて、自分がそんな大変なことを上手く対処できるなんて、とてもとても思えないもんで。なんとか、気づかずにスルッとやり過ごせないかと、そればっかり。

ですからね、神様仏様が上手ぁく目隠ししてくれんなら、それでいいかな、なんて思うんですよ。それも慈悲ってもんでさぁね。

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