『紅の記憶』
子供のころ、母が化粧をする姿を見るのが好きだった。
といっても、普段は素顔で、どこかへ出かける時にだけ、あっさりとした薄化粧をする程度だったが。
コンパクトに入ったパウダーファンデーションをパタパタとはたき、眉や目元には何も塗らず、歯ブラシよりももっと小さなブラシで毛を軽く整え、最後の仕上げに口紅を塗る。
紅筆を使って唇の輪郭をキレイに描き、最後にティッシュを軽く上唇と下唇で挟んで、ンパンパ。
決して派手な色ではなく、唇の元の色より一段明るいくらいのものだったが、紅を差した母の顔は、普段と違って人形めいて見えたものだ。
11/23/2025, 9:58:23 AM