『こぼれたアイスクリーム』
覆水盆に返らず。
そんな言葉を思い出してしまうのも無理ないと思う。
たった今、買ったばかりのアイスクリームがぺちゃりと間抜けな音を立てて地面に落下した。
咄嗟に手を出すこともできなかった。
ただ、周りの音が消えて、やけにゆっくりと落ちていくのを見ていただけだ。
私が余所見をしてたから。
反対側の通りを、私の彼と私の友達が仲よさげに腕を絡めて歩いていたから。
だから――
彼らの姿が向かいのテナントビルに消えていくのを見届けてから、足元を見る。
あんなに美味しそうだったのに、いまや地面を汚すべちゃべちゃした気持ち悪いナニカだ。
あーあ、もったいない。
でも、もう一度買い直そうとは思わなかった。
「もう、いらないな」
気晴らしに、誰かを誘って映画でも観に行こう。
『やさしさなんて』
目に見えないやさしさがある。
誰かが亡くなった後に、別の誰かから聞かされるやさしさも。
やさしさなんて、人に見せびらかすものじゃない。
けれど、相手に伝わらないやさしさは、なんのため?
それを後から聞かされる相手の気持ちは?
そんなことを考えてしまう出来事が、かつてあった。
時と場合によるし、相手との関係性にもよるけれど。
時にそれが相手を傷つけることもある。
悪意じゃないのに。
善意や親愛からなのに。
やさしさ――なんて、せつなく厄介なものだろう。
『風を感じて』
「走っている車から手を出して、手のひらを進行走行に向けてニギニギすると、おっぱいの感触がする」
そんなしょーもないことでクラスの男子が盛り上がっていた時期があったな、中学生くらいの頃に。
あれはいったいいつ、どこで、誰から始まった話だったのだろう。
結構、全国区で聞く話だと思うんだけど。
同じ風を感じるなら、
《秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる》
みたいな、そういう四季の移ろいを感じたい。涼しい風が吹いてほしい。もう立秋も過ぎたことだし。ね?
『心の羅針盤』
自分の方向性を決める確固たる軸を持っている人を、羨ましく思う。
私はどうにも揉め事や荒事が苦手で、それを避けるために自分を曲げたり抑えたりしてしまうのだ。
そしていつまでもくよくよする。
昔から、何度も人に言われた。
「そんなんじゃ、この世の中生きていけないよ」と。
そうだろうなと思う一方で、こうも思うのだ。
強い人だけが生き残れる世界とは、どんなところだろう。
それは、どこに向かっているのだろう。
『泡になりたい』
暑くて溶けそう。
そのまま泡になっちゃったりして。
なるなら、炭酸の泡がいいな。
シュワシュワしてて、なんだか気持ちよさそう。
クリームソーダとか、ジンジャエールとか。
そうそう、ビールの泡もいいね。
屋外でも室内でも、みんなに「乾杯!」って楽しそうに飲んでもらえる。
昔、絵本で見た蟹の口から出る泡も可愛い。
ブクブク、ブクブク。
シャボンの泡も爽やかだ。
フワフワホワホワ。たまに空に飛んでいける。
他にもいろいろあるよね、泡。
意外と奥が深いな、泡。
『タイミング』
ここ数日、どうにもタイミングが合わなくて、文章を投稿しそびれてしまった。
――と、いう話を書こうと思ったところで、防災無線が鳴った。
《津波警報が発令されています。
ただちに沿岸や河川から離れ、高台へ避難しましょう》
電車待ちをしているところだった。
その電車も運転見合わせになり、バスを乗り継いで帰ることにした。
暑い中、家に辿り着いたところで、また防災無線が鳴った。
先に開設されていた避難所の他に、追加で避難所として開放された場所の案内だった。
うちは海から少し離れているとはいえ、完全に安全かと言われると断言できない。
100パーセントの安全などないのだ。
悩んでいると、外でご近所さんがアワアワしていた。
毎朝挨拶を交わす一人暮らしのおばあちゃんだ。
このタイミングでおばあちゃんに会うとは、きっと避難所へ連れて行けという何かの啓示だろうと、一番近くの公民館へ連れて行った。
そこで数時間過ごし、さっき帰宅した。
時計を見たら、ギリギリこの文章を投稿できる時間だ。
これもまたタイミング。