『ひなまつり』
子供の頃は、七段飾りの雛人形を出していた。
骨組みを組み立て、
緋毛氈を敷き、段ごとに、
親王である内裏雛(男雛女雛)、
三人官女、
五人囃子、
随身(左大臣右大臣)、
仕丁(三人の衛士)、
箪笥や長持、鏡台などの嫁入り道具、
左近の桜と右近の橘、
雪洞(ぼんぼり)などを飾る。
一室にドンと構えられたそれは、とても存在感があって美しかった。
お内裏様やお雛様が着ている着物の生地も、おすべらかしの髪に飾られた金の釵子(さいし)も、飽かずに眺めていたものだ。
出したり仕舞ったりは大変だったけれど、あの華やかな空間は好きだったな。
『バレンタイン』
ここ数年は、すっかり自分のためにちょっとお高いチョコレートを買うお楽しみの日になっている。
とはいえ、そんなに奮発もしないんだけど。
だって、ここ最近の物価高でチョコ高過ぎない?
夕方のニュース番組で、何万円分も買い込んでいる人達を見ると豪気ですなぁと思うが、無い袖は振れないのだ。
子供の頃は、大人になったら好きなものを好きなだけ買うんだ!と夢見ていたっけ。
ささやかなのに、なかなか叶わない夢である。
『花束』
その花屋の店主は、客の顔を見ない。代わりに客の胸の音を聴く。
「なるほど。少し寂しさが混じっていますね」
店主は慣れた手つきで、見たこともない形の青い花を束ね始めた。
この店で売っているのは、本当の植物ではない。誰かの感情を花の形にしたものなのだ。
手渡された花束は、触れると微かに体温のような温かみがあった。
病室で眠る父の傍らに、そっとその花を置く。
するとどうだろう。
花びらが一枚、また一枚と透き通るように消え始めた。
それと同時に、父の頬にほんのりと赤みが差してゆく。
「……来ていたのか」
父がうっすらと目を開け、私の手を握った。
花束はもう、跡形もない。
あの店主は言っていた。
「形がなくなる時、一番大切なものが残りますよ」
『スマイル』
スマイル0円。
そんな言葉も幾星霜。
少子化が進み、人件費を上げても働き手が集まらない今となっては、生身の人間を雇っているところなど極わずか。
工業などのオートメーション化された業務はそれで十分だったが、数十年が経つうちに、対人業務ではそれ以外のことに付加価値を求める声が上がり始めた。
会計処理やおすすめ商品の表示の際に、にこやかに笑いかけてほしい――そういう要望だ。
「ありがとうございました」
「よくお似合いですよ」
そういった言葉と共に、笑顔を。
人でなくても構わない。
ロボットでも、バーチャルキャラクターでもいい。
そのためには対価を払う、と。
そこから先は、いかに魅力的な笑顔を提供できるかが企業の課題となった。
笑顔を生み出すための研究費、開発費、設備費、その他諸々。
現在、もっとも価格の高い商品はスマイルである。
『どこにも書けないこと』
個人的に、誰にも知られたくないことは、たとえ日記にでも書いてはいけない、と思っている。
自分の頭の中から出た途端、それは必ず誰かに知られるものだ。
SNSなんて以ての外だし、スマホ内のメモ帳だろうが、鍵付きだろうが意味はない。
どうしても文字にして吐き出したかったら、紙に書いて即座に燃やすくらいはしないと。
じゃないと、恐ろしいことになるからね。
え?都市伝説だろうって?
何を言ってるんだい、キミ。
僕の目がこうなった理由を知らないのか?
それに今日は、あの日じゃないか。
元は国民の権利であった、今となっては粛清対象を見つけるための……