『命が燃え尽きるまで』
どうも、おばんでござんす。
Y君からのLINEで召喚されまして。ええ、こちらに伺うようにと。
なんですか、命が燃え尽きるまでを見届けたいとか。ははぁ、よくわかりませんが、つまりは誰かの死に目に立ち会いたいと、そういうわけですかな?
ちなみに『死神』はご存知ですかね? ええ、そちらもですけど、落語の演目のほうの。人間の命の火を灯す蝋燭を交換する話なんですけどね。
あぁ、あそこの蝋燭、ええとアロマなんとかのやつですかな、太くて立派なもんですな。それにちっとばかし火を点けてこっちにいただけますかな、ええ、そう、そんな感じで。
この立派な蝋燭がアナタ様の命の灯火だとして、それをこの小さくて細い蝋燭、たまたまアタシが持ち合わせてたヤツなんてすが、ええ、これね、仏壇なんかの燈明に使う、中でも一番小さくて細い、女性の小指ほどもないやつなんですけどね、これにその灯火を、こう、こうして移し替えると。
さあ、これで終いです。
どうです? これ、この灯火が消えた時がアナタ様の命が尽きる時ですな。
え? 冗談なんかじゃありませんよ。こっちだってそんなに暇じゃありません。はあ、なにをそんなに怒ってるんですかな。命の燃え尽きるまでを見届けたかったのでしょう?
いいですか、冥土の土産にお教えしますが、自ら火を点けた蝋燭を死神に差し出すなんて、そんなこと、お巫山戯や冗談でもやっちゃいけませんよ。
最初に申し上げましたでしょ?
アタシは召喚されたのだと。
『夜明け前』
「本気じゃないなら、それは恋じゃない。ただの遊び。本気のやつだけを恋って言うんだろ」
夜明け前のコンビニ。
イートインスペースでそんなことを言ってる子がいた。
そう、子供。まだ小学生くらいの。
話を聞いている相手はいない。
ハンズフリーで通話中とか?
それにしても凄いな、少年。
年齢=恋人いない歴の私には、とても含蓄あるお言葉に聞こえますですよ。
「まあ、おまえのソレが本気かどうかはどうでもいいんだけど」
そう言って手を伸ばした先に、うっすらと黒いモヤのような物が見えた。
それがだんだん濃くなって、人の形を取り始める。
「夜が明けたら帰るんだぞ」
そう言って少年は消えてしまった。
人型になったモヤが、ゆっくりとこちらに振り返る。
それは、私がまだ自分の気持ちにさえ気づいていなかった幼い頃、川で溺れた……
『カレンダー』
今では皆、スマートフォンのアプリでスケジュール管理をしているらしい。
我が家のように月毎に日付のみが書かれていて、余白に各自の予定を書き込むタイプのカレンダーは見ないそうだ。
スマホの電源すら入れ忘れる私には、逆に不便。
我が家のカレンダーは、各自が好き勝手に予定を書き込む。
「この日は帰りが遅いから夕飯はいらない」とか、「ここからここまで出張です」の横に「お土産は○○を買ってきて!」だとか、賑やかで楽しい。
朝起きてきて、居間に掛けられているそれをチラッと見るだけで、それぞれの予定がわかる。
まあ、独り暮らしの我が家で、私以外に誰が書き込んでいるのかは謎なんだけれど――
『喪失感』
それを見つけた時、胸の鼓動が早まるのを感じた。
ああ、これは世界に一つだけなのだ、私のためだけに存在しているのだ、と。
逸る気持ちを抑え、踊るように近づくと、両手でそっと拾い上げた。
かつて世界に何千何万と(一説によれば億とも)存在したという「本」。
なんでも無数に文字が書かれていて、様々な内容があり、実用的なものの他に架空の物語まであるという。
それが、いま、私の手に!
感無量になりながら、恐る恐る紙をめくる。この一枚一枚を、頁というらしい。
すっかり魅せられ、惹き込まれた後に残るのは、途轍もない喪失感。
読んでしまった。
読み終わってしまった。
どうしてもっと時間をかけなかったのだろう。
いや、そもそも、どうして読み始めてしまったのだろう。
始まりがあれば、終わりが来るのに。
胸を抑えて、閉じた本を見る。
その時、天啓が降りた。
《もう一度読めばいいのでは?》
天才か!
『時を告げる』
「真っ暗な夜の海で独り、寄せては返す波をじっと見つめ続けてようやく見つけた、きらめく貝殻のようなもの」
友人は、真実とはそういうものだと言った。
そしてこれから、その真実を白日のもとに晒すのだと。
友人にとってはきらめく貝殻でも、人によっては顔を背けるような汚物になることも、唾棄すべき嫌悪の対象になることもあるだろう。
「哀しいことだね」
私にだけ聞こえた小さな呟き。
しかし、すぐに友人はそれまでの寂しげな表情をガラリと変えて、飄々とした顔つきでその場にいる皆に言い渡した。
彼が見つけた真実を差し出す時を告げる宣言を。
「さて皆さん、すべての謎は解けました」