『あなたのもとへ』
このお題を見て、最初に頭に浮かんだのは大江賢次原作の『絶唱』という映画だった。山口百恵&三浦友和主演。
映画の冒頭は、厳かな結婚式。
夜に行われるそれは誰も口を開かず、静々と、どこか薄暗い。
物語はこんな感じ。
大地主の御曹司・順吉と山番の娘・小雪が身分違いの恋に落ちる。
大反対を振り切って駆け落ちした二人だが、やがて戦争が始まり順吉は戦地へと送り込まれてしまう。
帰りを待つ間に小雪は病に倒れ、戦争が終わって帰ってきた順吉の腕の中で息を引き取る。
順吉は実家へ戻るが、そこで小雪との結婚式を挙げるのだ。
そう、映画の冒頭で映し出されていたのは順吉と亡くなった小雪の結婚式。冥婚だった、というのが最後に分かる。
だから皆あんなにも涙していたのか。
祝言だというのに喜びに沸く様子もなかったのか。
で、映画の中ごろ、順吉と小雪がまだ幸せな恋人同士だった時、野山を自由に走り回る小雪に順吉が言う。
まるで山鳩みたいだ、と。
自分に会いに山へ来てくれた順吉を見つけて駆け寄る小雪は、溌剌としていて小鳩のようだった。
それがやけに印象に残っていて、今回のお題を見て、小雪の台詞のように感じたのかもれない。
『そっと』
子供の頃、ジュウシマツを飼っていた。
すっかり慣れていたので、たまに鳥籠から出して、部屋の中で放すこともあった。
私から追いかけることはしなかったが、ご機嫌な時は肩や頭に乗ってピチュピチュ鳴くし、手を差し出せばちょこんと指にとまる。
そっと手で包めば、温かくてふわふわした感触。
私の手の中でトクトクと脈打つ命。
キョロキョロと首を傾げてこちらを見上げる様に、言いようもない愛しさと何故だか泣きたくなるような切なさを感じたものだ。
あの頃のあの経験が、その後の生き物に対する私の態度を決めたと言える。
近づき過ぎず、従わせようとせず、向こうから寄ってきてくれたら相手をする。
あとは、そっと見守るくらいでちょうどいい。
『まだ見ぬ景色』
彼に会った夜のことを時々考える。
もしもあのとき彼と目が合わなかったら、私の人生は変わっていただろうか。
それとも、やはり同じような結末を迎えたのだろうか、と。
彼は何人かと挨拶を交わしながら、チラリとこちらへ視線を走らせていた。やがて人を捌き終え、私のいるテーブルへとやってきた彼は、給仕の青年に「こちらに水を」と声をかけた。
まるで、私がそれまでに何杯ワインを煽っていたのか把握しているとでも言うように。
「この集まりは気に入った?」
水を受け取りながら、なんと返事をしたものか考える。まだメインディッシュを口にしていないから。
そんな私の気持ちを承知しているのか、彼は耳元に唇を寄せてこう言った。
「血が飲みたいなら、別室へ行こう」
直截な物言いに驚くと、彼は微笑みながら「君は同類だからね」と囁いた。
その後、別室で起こったことは詳細を省く。ただ、あの日会場にいたのは、彼と私を除くとすべて贄だった。
彼との付き合いは長きに渡った。
そんな彼がなにかを思いついたのか、楽しそうに誘いをかけてくる。
「ねえ君、まだ見ぬ景色を見てみないかい?」と。
私たちの存在が多くの人々に知られ、まさに今、排除されようとしているこの瞬間に。
何をする気か知らないが、もちろん私に否やはなかった。
『あの夢のつづきを』
「邯鄲の夢」という故事があるのをご存知ですか?
貧乏な青年が趙の都・邯鄲で翁から不思議な枕を借り、それでうたた寝をしたところ、栄華を極めた五十年分の人生の夢を見ました。
しかしそれは現実では、眠りに落ちる前に宿の主人が炊いていた粟がまだ炊きあがらないほどの、ほんの短い間のことだった、というやつです。
青年はどれほど目覚めたことを悔やんだでしょう。
夢の中の自分が幸せであればあるほど、目覚めたときの現実との違いに打ちひしがれたのではないでしょうか。
さて、ここに夢から目覚めなくなる薬があります。
特別にお譲りすることができますが、いかがでしょう。
あなたにも、もう一度見たい夢のひとつやふたつ、あるのではありませんか?
夢の中でしか、逢えない人がいるのでは?
さあ、どうなさいますか。
『あたたかいね』
寝起きの布団
潜り込んだ炬燵
ホットの飲み物
ふわもこの耳あて
手編みのマフラー
缶入りのコンポタ
コンビニの中華まん
差し出された、あなたの手