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11/20/2025, 9:10:27 AM

『吹き抜ける風』

​コンクリートジャングルとはよく言ったものだ、と林立するビルを見上げて思う。

方向音痴な私は、すぐに自分が今いる場所がどこだかわからなくなってしまう。
スマホがあるだろ、なんて言う人は方向音痴をわかっていない。
アプリで位置情報を見てもわからない、もしくは迷うのが真の方向音痴である。

それにしても。
夏場はあんなに灼熱で茹だるような暑さだったのに、季節が変わると今度は凍えるように寒くなるとは。

太陽光が遮られるだけでなく、ビルの間を通り抜ける風の冷たいこと。

近所の公園に出かけるのとはわけが違う。​コートにマフラー、指先がかじかむから手袋も必要だ。カイロは、まだちょっと早いかな。

一陣の風が吹き抜けて、ぶるりと背筋が震える。
なにか温かいもの、そうだな、ラーメンでも食べて帰ろうか。
それにはまず、ここがどこかわからないと……

11/19/2025, 8:27:31 AM

『記憶のランタン』

「マッチ売りの少女の話を知っているかい?」と、馴染みの古道具屋の主人は言った。

凍えた少女が、マッチの火の中に見た幻影。
暖かいストーブ、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリスマスツリー、少女を愛してくれた亡き祖母。
「あれは走馬灯だったのかもね」

ところで、と店の主人は手にしていたものを私に見せた。
​真鍮製の小さなランタン。
「これは記憶を呼び起こすランタンなんだ」と笑う。

試してみるかい、と言われて戸惑う私に「大丈夫、大丈夫。死にやしないから」と、いささか強引な様子で火をつけた。

​オイルの匂いの向こうに、幼い日に訪ねた祖父母の家の香りがした。
揺れる灯火の中、祖母が編んでくれた芥子色のマフラーが鮮やかに浮かび上がる。寒がりな私にそっと巻いてくれた、あのやさしい感触まで。

​ふとランタンの火が弱まった。
それと同時にハッと我に返る。
「これは少々困った品でね、扱いに気をつけないと取り込まれてしまう」
​そんなものを気軽に試したりしないでほしい。
​そう言うと、主人はまた笑って言った。

「何を言ってるんだい、アタシに取り憑いてるヤツが」

11/18/2025, 6:57:48 AM

『冬へ』

​行きつけの喫茶店では、毎年この時期になると「栗のスフレパンケーキ」が期間限定メニューで登場する。

2段に重ねられたふんわりとしたスフレ生地。上にはこんもりと渦を巻いたモンブランペースト。その真ん中に艶々とした渋皮がついたままの、大きな一粒栗。

いつもはお店おまかせのブレンドコーヒーを好む私だが、この時ばかりはヘビーにならないよう、香り高く爽やかなアールグレイを頼む。

モンブランペーストは甘さ控えめ。
中に入ったバニラアイスが、一瞬口の中を引き締める。
2段重ねだと下の段は、甘味の恩恵を受け損ねるものだが、そこは添えられたメイプルシロップをたっぷりと。

――ふう。
美味しかった。余は満足じゃ。

​外に出ると、歩道の落ち葉が誰もいないのにカサリと音を立てた。
もうすっかり、季節は冬へと進んでいる。
さて、​美味しいものでリラックスできたし、もうちょっと頑張りますか。

11/17/2025, 7:24:58 AM

『君を照らす月』

ビルの窓拭きアルバイトをしていたことがある。
ゴンドラは結構揺れて、何度か怖い思いもした。
その一方で、キレイに磨き上げたガラスがキラリと反射するさまや、窓の中の人々の様子が楽しくもあった。

短い間だけで、すぐに辞めてしまったが、好きな仕事だった。
強風が吹く日や雨などの荒天、夜間は中止になる。危険だから。

けれど、たまに夢想したものだ。
夜の高層ビル、ワイヤーで吊るされたゴンドラに乗り込む自分を。

夜の作業は街の喧騒から切り離され、窓に映る夜空はまるで宇宙船の中にいるようだろう。
​見上げた先には、満月。
濃紺の夜空にくっきりと。
オレンジがかった濃い黄色。
箸で突いたらトロリと黄身が流れそうな。

そんな月の光に照らされてみたい、と。

11/16/2025, 7:16:56 AM

『木漏れ日の跡』

​小さなベランダには、朝のわずかな時間だけ、隣のビルの隙間から光が差し込む。

​私はそこに、使い古した籐の椅子を置いていた。洗濯ものを干す時に洗濯カゴをそこに置くとちょうどいいのだ。
三年前に引っ越してきた時から、その椅子は一度も動かされていない。

​ある朝、ふと気がついた。
椅子の背もたれが、他の場所――座面や脚など――と比べて明らかに色が薄いのだ。
座面は洗濯カゴが光を遮り、脚の部分はベランダの壁があって日陰を作る。

​背もたれだけが、三年前と色を変えた。

わずかな木漏れ日でもこんなに焼けるものなんだなぁ。
私はそこをそっと指でなぞった。

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