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『記憶のランタン』

「マッチ売りの少女の話を知っているかい?」と、馴染みの古道具屋の主人は言った。

凍えた少女が、マッチの火の中に見た幻影。
暖かいストーブ、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリスマスツリー、少女を愛してくれた亡き祖母。
「あれは走馬灯だったのかもね」

ところで、と店の主人は手にしていたものを私に見せた。
​真鍮製の小さなランタン。
「これは記憶を呼び起こすランタンなんだ」と笑う。

試してみるかい、と言われて戸惑う私に「大丈夫、大丈夫。死にやしないから」と、いささか強引な様子で火をつけた。

​オイルの匂いの向こうに、幼い日に訪ねた祖父母の家の香りがした。
揺れる灯火の中、祖母が編んでくれた芥子色のマフラーが鮮やかに浮かび上がる。寒がりな私にそっと巻いてくれた、あのやさしい感触まで。

​ふとランタンの火が弱まった。
それと同時にハッと我に返る。
「これは少々困った品でね、扱いに気をつけないと取り込まれてしまう」
​そんなものを気軽に試したりしないでほしい。
​そう言うと、主人はまた笑って言った。

「何を言ってるんだい、アタシに取り憑いてるヤツが」

11/19/2025, 8:27:31 AM