『みかん』
この時期なら炬燵でみかんが風物詩なんだろうけれど、お題を見て最初に浮かんだのは夏みかんだった。
昔の国語の教科書に載っていた不思議な話。
タクシー運転手が道路の真ん中に白い帽子を見つける。そのままでは車に轢かれてしまうと親切で退けようとしたら、中からモンシロチョウが飛び立った。
おそらく子供が捕まえて、虫かごを取りに行っていたのだろう。悪いことをしてしまったと、蝶の代わりに自分が持っていた夏みかんを帽子の中に入れておく。
車に戻ると小さな女の子が乗っていて、「菜の花横丁まで」と行き先を告げるが、目的地へたどり着いた時にはその子は消えていて、辺りにはモンシロチョウが飛んでいた。
怖さはなく、どこか温かみを感じる話だった。
帽子の中身が蝶から夏みかんに変わっていたのを見た子供は、どれだけ驚いたろう。
捕まっていたのを助けられた蝶は、お礼のつもりで乗車したのだろうか。
まだ熱が引かない頭でぼんやり考える。水分補給にみかんでも食べるか。
『クリスマスの過ごし方』
今、熱を出して寝込んでいるので、ベッドの住人です。
そんなわけで、今日の更新はこれだけで申し訳ない。
起き上がれるようになったら、またポチポチ文章打つので、その時はよろしくお願いします。
『イブの夜』
もしもし、ばあちゃん?
オレだよ、オレ。
なんだ? 孫の声も忘れちまったのか? ふざけんなよ。
ああ、うん、わかりゃいいんだよ、わかりゃあ。
それでさ、ちょっと頼みっていうか、なんだ、その、あー、この後そっちにオレの知り合いが行くからさ、そしたら玄関に出て、受け取ってほしいもんがあるんだ。
え? なんだっていいだろ! 黙って受け取りゃいいんだよ!
え? もう来た? チッ、早ぇな。
ああ、じゃちょっと出てくれよ。え? あ、おい、スマホ切れって。おい、そういうとこだぞ。不用心だな。
あ? 派手だって? 何が?
ああ、あのジジイの格好な。あれ、アイツの制服なんだよ。赤地に白い縁取り? ああ、外人だからな、ああいうの平気なんだろ。
鹿がいてびっくりした? トナカイっつーんだよ。でけぇよな。鼻赤かったろ。ピカピカ光ってた? 笑ってやるなよ、気にしてんだ。
オレ、いまあのジジイのとこで働いてんだ。今が一番の繁忙期でよ。うん、だからそっちには帰れねぇな。
で、受け取ったか? 中見たか?
こっちのほうは寒いからよ、いい毛糸がいっぱいあんだよ。それで編んでもらったからさ。
そっか、気に入ったか。ならいいよ。
うん、まあ、正月には顔見せられるかもしんねぇな。
じゃ、な。あったかくしろよ? 戸締まり忘れんな。鍵ちゃんと閉めろよ? じゃあな。
『プレゼント』
何軒か先に、おっとりとしたWさんというおばあちゃんが住んでいる。
いつも顔を合わせると、にこやかに微笑んでくれるやさしげな人だ。
一人暮らしのようなので、折にふれて声をかけるようにしているのだが、今日はいつにもましてにこやかだった。
「孫がね、そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って」
聞けば、年末なのでお孫さんの帰省を楽しみにしているらしい。
ぶっきらぼうだけど優しい子なの、と微笑んでいる。
「クリスマスに間に合えば、プレゼントを渡せるのだけどねぇ」
なにか用意したんですか?と聞くと、一旦家の中へ入って「他の人には内緒よ?」と言いながら小さな小瓶を見せてくれた。
目を凝らしてよく見ると、瓶の中に銀色の小さな小さな羽の生えた人のようなものがいっぱい詰め込まれて、モゾモゾ動いている。
え、と顔を上げた時には小瓶は仕舞われていて、「うちの庭にいっぱいいるのよ」と笑っていた。
曰く、ソレを撒くと草花が美しく育つらしい。野菜の苗なら、実ったものは栄養価が上がり、薬草なら薬効が高くなるのだとか。
ちょっと面倒だが、名前をつければ言うことを聞くようにもなるらしい。
言葉が見つからない私に、Wさんは「やっぱり若い人は喜ばないかしら」としょんぼりしてしまった。
いえ、そういうことではなく。
それは……
「小さい頃は、あの子がよく捕まえてきてくれたのよ。飼い方も教えてくれてね。やっぱり大人になったらもう要らないかしら」
どうだろう。
もしかしたら、お孫さんはもっと大物を捕まえているかもしれないな、と思った。
『ゆずの香り』
師走になると行事が増える。
冬至にゆず湯に入るのも、そのひとつ。
年が明けたら歳神様がやってくる。
その前に大掃除して穢れを落とす。
もちろん、人の身体も綺麗にしなくてはならない。
湯にゆずを入れるのは、あの爽やかな強い香りが邪気を祓うと考えられていたかららしい。
1月7日は七草、3月3日は桃、5月5日は菖蒲、7月7日は竹や笹、9月9日は菊。
節目となる節句には、いつも邪気を祓う植物が添えられる。
冬至は節句じゃないけど、時期的に年を越える前で禊にちょうどよかったのだろう。
昔は、お風呂に入るのも贅沢なことだったから。
ゆずの香りの入浴剤を手に、そんなことを考える。
スーパーで生の柚子を買ってはきたが、誘惑に負けて蜂蜜漬けにしてしまった。
邪気は祓えても、食欲という煩悩は祓えないようだ。