『イブの夜』
もしもし、ばあちゃん?
オレだよ、オレ。
なんだ? 孫の声も忘れちまったのか? ふざけんなよ。
ああ、うん、わかりゃいいんだよ、わかりゃあ。
それでさ、ちょっと頼みっていうか、なんだ、その、あー、この後そっちにオレの知り合いが行くからさ、そしたら玄関に出て、受け取ってほしいもんがあるんだ。
え? なんだっていいだろ! 黙って受け取りゃいいんだよ!
え? もう来た? チッ、早ぇな。
ああ、じゃちょっと出てくれよ。え? あ、おい、スマホ切れって。おい、そういうとこだぞ。不用心だな。
あ? 派手だって? 何が?
ああ、あのジジイの格好な。あれ、アイツの制服なんだよ。赤地に白い縁取り? ああ、外人だからな、ああいうの平気なんだろ。
鹿がいてびっくりした? トナカイっつーんだよ。でけぇよな。鼻赤かったろ。ピカピカ光ってた? 笑ってやるなよ、気にしてんだ。
オレ、いまあのジジイのとこで働いてんだ。今が一番の繁忙期でよ。うん、だからそっちには帰れねぇな。
で、受け取ったか? 中見たか?
こっちのほうは寒いからよ、いい毛糸がいっぱいあんだよ。それで編んでもらったからさ。
そっか、気に入ったか。ならいいよ。
うん、まあ、正月には顔見せられるかもしんねぇな。
じゃ、な。あったかくしろよ? 戸締まり忘れんな。鍵ちゃんと閉めろよ? じゃあな。
『プレゼント』
何軒か先に、おっとりとしたWさんというおばあちゃんが住んでいる。
いつも顔を合わせると、にこやかに微笑んでくれるやさしげな人だ。
一人暮らしのようなので、折にふれて声をかけるようにしているのだが、今日はいつにもましてにこやかだった。
「孫がね、そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って」
聞けば、年末なのでお孫さんの帰省を楽しみにしているらしい。
ぶっきらぼうだけど優しい子なの、と微笑んでいる。
「クリスマスに間に合えば、プレゼントを渡せるのだけどねぇ」
なにか用意したんですか?と聞くと、一旦家の中へ入って「他の人には内緒よ?」と言いながら小さな小瓶を見せてくれた。
目を凝らしてよく見ると、瓶の中に銀色の小さな小さな羽の生えた人のようなものがいっぱい詰め込まれて、モゾモゾ動いている。
え、と顔を上げた時には小瓶は仕舞われていて、「うちの庭にいっぱいいるのよ」と笑っていた。
曰く、ソレを撒くと草花が美しく育つらしい。野菜の苗なら、実ったものは栄養価が上がり、薬草なら薬効が高くなるのだとか。
ちょっと面倒だが、名前をつければ言うことを聞くようにもなるらしい。
言葉が見つからない私に、Wさんは「やっぱり若い人は喜ばないかしら」としょんぼりしてしまった。
いえ、そういうことではなく。
それは……
「小さい頃は、あの子がよく捕まえてきてくれたのよ。飼い方も教えてくれてね。やっぱり大人になったらもう要らないかしら」
どうだろう。
もしかしたら、お孫さんはもっと大物を捕まえているかもしれないな、と思った。
『ゆずの香り』
師走になると行事が増える。
冬至にゆず湯に入るのも、そのひとつ。
年が明けたら歳神様がやってくる。
その前に大掃除して穢れを落とす。
もちろん、人の身体も綺麗にしなくてはならない。
湯にゆずを入れるのは、あの爽やかな強い香りが邪気を祓うと考えられていたかららしい。
1月7日は七草、3月3日は桃、5月5日は菖蒲、7月7日は竹や笹、9月9日は菊。
節目となる節句には、いつも邪気を祓う植物が添えられる。
冬至は節句じゃないけど、時期的に年を越える前で禊にちょうどよかったのだろう。
昔は、お風呂に入るのも贅沢なことだったから。
ゆずの香りの入浴剤を手に、そんなことを考える。
スーパーで生の柚子を買ってはきたが、誘惑に負けて蜂蜜漬けにしてしまった。
邪気は祓えても、食欲という煩悩は祓えないようだ。
『ベルの音』
チリリン、と鳴らされたベルの音に考える間もなく体が反応する。
奥様は、待たされるのを殊の外嫌うのだ。
ましてやそれが、お客様をお迎えする日となれば尚更。
このお屋敷でのおもてなしは、いつも盛大に行われる。
昼食会も晩餐会も頻繁で、日常と化しているほどだ。
それは即ち、この家が国にとって重要であるということの証明でもある。
私の役目は、奥様が見苦しくない格好で――洗練されつつも相手より華美にならぬよう――時間通りにお客様をお迎えできるようにすること。
だからといって日常の業務が免除されるわけもなく。
私を含め、この屋敷の者たちは皆、軍事教練さながらの様相で如何に効率よく動くか、頭の中で次の作業を考えている。
それを中断するのが、奥様のベルの音だ。
何かを持ってくるように言われたり、用事や言づけを頼まれたり。時には会場の飾り付けをやり直すよう言われることもある。
奥様は決して我儘や傲慢ではない。
より良くお客様をおもてなしできることを優先されるだけ。
私たちは己が矜持において、それをこなすのだ。
チリリン、ともう一度ベルの音がした。
さあ、何を言われるのだろう。
どんな要求でも叶えてみせましょう。
『寂しさ』
さびしさは鳴る――という書き出しから始まる小説があったっけ。
溢れるみずみずしさに、なんとも詩的で青いなと思ったものだった。
私にとって寂しさとは、もっと仄暗くてカサついている。
なにかを求めても得られず、誰かを求めても寄り添えず。諦観を飲み込んだ先に、それはある。
咳をしても一人、と言った放哉の句の方が近しい。
愛や憎しみが人を狂わせるのはよく知られているが、寂しさもまた人を壊す。
冷えて乾いた心の薄皮がパリパリと剥がれ落ちてゆく音を、聞いたことはないだろうか。