【紅の記憶】
薄紅色の吹雪のなか、あなたが僕を呼ぶ。
一面に広がる薄紅はあなたの姿を覆い隠し、その表情はおろか、その顔までもを隠してしまう。
でも…僕はあなたのことを知っている気がするんだ。
遠い遠い記憶の中でいつも僕を見守ってくれている。
そんな気がして、僕はいつもこの季節になると無意識にあなたの姿を探す。
花の影、葉っぱの裏側、大きな幹の後ろまで…。
あなたが誰なのかもわからない。本当に存在するのかもわからない。もしかするとあなたは神様なのかもしれない。なぜならば不思議と怖いとは思わずに、ただ護られているような感じが、あなたをそう思わせているのかもしれない。
でも、それでも、僕はあなたに会いたくて、この季節の満開の桜の樹の下であなたを探し続けている。
いつしかこの命が終果て、この身が朽ちて土に還っても、僕はこの櫻の樹の下で一面の薄紅色が鮮やかな紅色になるまであなたを探し続けるのだろう。
『神隠し』―――人はそれをそう呼んだ。
【夢の断片】
あなたの夢を見た。
それはハニーシュガーのようにとても甘く、
そして世界が終わってしまいそうなほど幸せな夢。
断片的な夢の中であなたは私を見て微笑み、
愛を囁き、口づけを交わし、身体を重ねた。
そして今、あなたは私の前で横たわる。
一面の紅の海で眠るあなたは一言も話さず、
絶望と恐怖で歪んだ表情のまま固まっていた。
夢が断片ならば、こちらはきっと現実だろう。
わたしを裏切り、わたしは憎み、わたしはあなたを…。
わたしは今、夢と現実――どちらにいるの…?
【君を照らす月】
雲間から降り注ぐ白い光が君の頬を照らす。
陶器のような滑らかな肌は、けれど命の色はなく。
たた人形のような美しさを保ったまま横たわる。
こんなふうに君の顔を見るのはいつ以来だろう。
見たくないことに目を背けて、認めたくないことに目を閉じて、君を振り返ることなど一度もなかった。
もしもこれが今までの罪だとしたら、これ以上の重い罰はないだろう。涙さえも許されず、悲しむことも許されず、罪は永遠に赦されない、罰に終わりなどなく、きっと私はこれを抱えて生きていくのだろう。
………それくらいに君は美しかった。
たとえ君を照らす月が隠れようと、私の罪は隠すことはできず、眼裏に焼きついた君が消えることはない。
美しき氷の花。触れれば瞬く間に溶けてしまうのならば、私はいったいどうすればよかったのか…。
その答えさえ、もう返ってくることはない。
【キンモクセイ】
いつの間にか香ってくるキンモクセイ。
きみと歩いた遊歩道を思い出す。
今、きみは幸せだろうか?
今、きみは望んだ道を歩いているだろうか?
語った夢は多く、笑い合うことも多かった。
もちろん喧嘩もしたし、口を聞かないこともあった。
それでもきみを想わない日は1日もなくて、
この香りを嗅ぐといつもきみを思い出す。
だから僕はいつも君に問いかけるんだ。
「ねぇ、きみは僕といて幸せかい?」
きみはただ黄金色の花の下、綺麗に笑ってみせる。
【凍える朝】
凍える朝にあなたが来る。
指先も、足先も、体の芯から凍りつき、
身動きもできず、目を閉じた暗闇の中で、
あなたの温かさだけは不思議とわかった。
さあ、その手でわたしに触れて。
あなたの熱でこの氷を溶かして欲しい。
頬を滑り、唇をかすめ、目元に触れる。
薬指を手に取り、手のひらを握りしめ、
包み込むように私のすべてを温めて。
そうすれば私の目はゆっくりと開き、
溶けた氷の雫を瞳に溜めながら、
きっとあなたを見上げるでしょう。