【凍える指先】
「さむーい!」
雪遊ぶ寒いある日、君はなぜか手袋を忘れて赤くなった指先を温めるように息を吹きかける。
「こんな寒い日になんで手袋を忘れるかな?」
と、口をついた言葉にきっと睨みつけられる。
「アンタが朝急かすからでしょ!」
8:15、これ以上待つことは2人で遅刻をするということ。毎日迎えに行くこちらの苦労はどこへやら。
「じゃあ、明日から迎えに行かなくていい?」
そう聞くと、君は慌てて首をふり、激しく拒否する。
「じょーだん! 遅刻しちゃうじゃん」
ならもっと早く起きなよ、という言葉を飲み込んでため息をひとつ。言っていることが支離滅裂なのに気がついているのだろうか。
それにしても指先は本当に真っ赤で、見ているこっちの方が痛々しく見えてしまう。ちらりと周囲を見渡すと人もまばらな通りで、ここなら人目も気にしなくていいだろう。
「ち、ちょっと…!」
冷たく凍える指先を大きな手のひらに包んで、コートのポケットの中に入れる。
驚いたような声を無視しながらすたすたと歩いていくと、勢いは次第に萎んでいき、大人しく後ろについてくる。諦めたような顔は少し赤らんでいるようにも見えて、あまり効果はないのかと少し心配になる。
「まだ寒い?」
そう聞くと、
「熱い!」
と、また怒ったように怒鳴られて、じゃあどうすればいいのか悩んでしまう。
けれどその手が引き離されることは、結局学校に着くまでなく、すっかり暖まってしっとりとした手のひらは門扉を通り過ぎるのと同時に離された。
「情緒不安定?」
君にそう問いかければ、頭を軽く叩かれ、颯爽とげた箱の方へと駆けていく。
その意味に気づくのはいったいいつになるのやら。
子供の頃から一緒にいる幼なじみの恋というものは、ここまで鈍くなるものなのか。
もう全身が熱くなっていた。
【君と紡ぐ物語】
たとえば君と歩いた通学路、
たとえば僕と話した夢の話、
たとえばあなたと聞いたあの歌あの曲、
たとえばわたしとすれ違いざまに合った目と目、
すべてが小さなお話で、
すべてがだれかと紡ぐ物語。
さて、あなたはだれと日常を紡ぐのでしょう。
【手放した時間】
あのとき君との未来を諦めたのは僕だった。
君の気持ちが僕からなくなり、それが他へ向いていると知った瞬間に考えたのは君の幸せのことだった。
僕では君の幸せにはなれない…そう悟ったとき、僕は自らその時間を手放した。
僕が願うのは君の幸せ。その隣に誰がいようと、君が幸せならそれでよかった。君の幸せが僕の幸せ…なんて、まるで漫画のような独白も真実だった。
きっと僕はもう誰も愛せない。君以外愛したりもしない。
それで幸せかと問われれば、それでいいのかと言われれば―――それで幸せだから、それでいいという。
僕の幸せは、手放した時間のその先にある。
【紅の記憶】
薄紅色の吹雪のなか、あなたが僕を呼ぶ。
一面に広がる薄紅はあなたの姿を覆い隠し、その表情はおろか、その顔までもを隠してしまう。
でも…僕はあなたのことを知っている気がするんだ。
遠い遠い記憶の中でいつも僕を見守ってくれている。
そんな気がして、僕はいつもこの季節になると無意識にあなたの姿を探す。
花の影、葉っぱの裏側、大きな幹の後ろまで…。
あなたが誰なのかもわからない。本当に存在するのかもわからない。もしかするとあなたは神様なのかもしれない。なぜならば不思議と怖いとは思わずに、ただ護られているような感じが、あなたをそう思わせているのかもしれない。
でも、それでも、僕はあなたに会いたくて、この季節の満開の桜の樹の下であなたを探し続けている。
いつしかこの命が終果て、この身が朽ちて土に還っても、僕はこの櫻の樹の下で一面の薄紅色が鮮やかな紅色になるまであなたを探し続けるのだろう。
『神隠し』―――人はそれをそう呼んだ。
【夢の断片】
あなたの夢を見た。
それはハニーシュガーのようにとても甘く、
そして世界が終わってしまいそうなほど幸せな夢。
断片的な夢の中であなたは私を見て微笑み、
愛を囁き、口づけを交わし、身体を重ねた。
そして今、あなたは私の前で横たわる。
一面の紅の海で眠るあなたは一言も話さず、
絶望と恐怖で歪んだ表情のまま固まっていた。
夢が断片ならば、こちらはきっと現実だろう。
わたしを裏切り、わたしは憎み、わたしはあなたを…。
わたしは今、夢と現実――どちらにいるの…?