神崎たつみ

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5/8/2023, 11:30:02 PM

『人気アイドルTrickstarメンバーの遊木真さんが失踪して一年が経過しました』

 不意にテレビから流れてきた音声に顔をあげて映し出されている画面を見つめた。
 一年前。遊木さんは誰にも何も言わず姿を消した。所属事務所の責任者である天祥院財閥の、巨額な資金を使っての捜索にもかかわらず見つけることが出来なかったのだ。消えたその日に殺されたのか、とか何とか噂も立ち上っては消えた。だって何の痕跡も見当たらなかったのだから。
 オレも自分が知る範囲で探した。仕事のない時間はフルに使って探して、そして何の手がかりも見つけられなかった。
 幾ら有名になっても、その話題はあっという間に世間から忘れ去られる。そういえばこんなこともあったよね、なんて軽い話題として扱われる程度なのだ。一過性のゴシップ。画面の向こうで起きた不思議な話題。ただの娯楽。身近で接していないのならそんなもんなのだろう。
 ぼんやりと画面を見ているといつの間にか天気予報に移り変わっていた。
「……遊木さん」
「呼んだ?」
 幻聴が聞こえるなんてもうオレはダメかもしれない。でもその幻聴に縋りつきたくなる。
「遊木さん! ここに来てくださいよぉ!」
「わかった」
 続いた幻聴と同時に眼前に姿を現したのは。……幻覚まで見えている。本当に末期だ。
「漣くん、久しぶりだね!」
「……何呑気なこと言ってんすか……。一年経ってるのに……って、遊木さん?!」
 その肩を掴むと幻覚に触れることが出来た。
「い、痛いっ! 漣くん!? 何?」
「何? じゃねぇんですよ! 何処行ってたんですか! こっちが心配して探し回ったってのに……! つうか、何処から出てきたんですか? ……え、どうなってるんです?」
 勢い任せに言葉を放っていると徐々に自分の頭が冷えていくのがわかる。どういうことだと問いながら、ぐるぐると頭の中で『?』が回り続けていた。
「話すと長くなるんだけどね、異世界召喚されちゃって……!」
 オレの頭は本当に末期なのかもしれない。

#一年後

4/28/2023, 5:42:08 AM

#生きる意味

 僕の存在にどう言う意味があるのだろう。
 そんなことを幼い頃から考えていた。僕は人形。『僕』という人間を見てくれている人なんていない。きっと多くの人は僕に意思がない方が良いのだろう。ただただ器が綺麗で中身のない存在。それがこの世界に望まれている僕という存在なのだと、周りを取り巻く大人の言葉から刷り込まれていく。
「お仕事嫌だなぁ」
 小さいときは気付かなかった視線の意味が徐々にわかってきた。そしたら、何もかもすべてが嫌になってしまう。大好きなお母さんもきっと同じ。僕がお仕事をしてお金を稼いでくる。だから僕という存在は大事だけど僕の中身なんか見てくれないんだ。そんなことに気付きたくなかった。とても悲しくなってしまう。だけどお母さんがご飯を作ってくれていたことも、お母さんもお仕事を頑張ってくれていたことも同じくらいにわかっているから、だからお母さんのことは嫌いになんてなれない。それでやっぱり僕も頑張らないと、と頭では思うのだけど、身体が動かない。
 こんな僕の存在に何の意味があるのだろう。日々思う。何かきっかけがあればきっと。

 そう思い続けた日々から抜け出して、ようやく今僕は僕の存在の意味を理解出来てきたような気がする。少しづつ周りを見ることが出来るようになって、お母さんは僕を見ていなかったわけじゃないことを知った。心配してくれていたけど、お母さんにも余裕がなかったんだね。家にお母さんだけになったからなのか、多分生活にも余裕が出来たのかな。ステージから見える席にお母さんの泣き顔が見えた。そんな顔しないで欲しい。僕はここに立つことが出来て幸せなのだから。

4/22/2023, 7:18:52 AM

#雫

 ぽつぽつと髪に何かが当たる感覚があって、そこで慌てて視線を持ち上げた。更に何度か額に、頬に、と濡れたことで降り始めたことに気付かされた。
 傘忘れちゃったな。
 先ほどまで降りそうで降らなかった空が堪えきれずに大粒の雫を溢れ落とし始めたらしい。一気に雨が降り注ぎ始めて、傘を忘れた僕はずぶ濡れになることを覚悟した。走って帰ることも考えたけれど、この降り方ではちょっとやそっと急いでも結果は変わらなさそうだと言う判断に至ったからだ。だからと言ってのんびりとずぶ濡れにもなりたくない。これでも体調には気を付けているのだから。
 眼鏡まで濡れてしまい視界は良くない。それこそ、掛けていても掛けていなくても変わらないくらいには。恐らく掛けている方が視界が悪いような気もしてくる。
 眼鏡も外し、ぼやけた世界を歩いていく。早く帰ってとっととシャワーを浴びたい。そう思いながら、走って通り過ぎていくサラリーマンを横目に見送り、背後から追い越していく学生さんを目で追った。何人目かの足音が近付いてきたと思えば立ち止まった。それと同時に髪に雨粒が当たるのも止まる。
「やっぱり遊木さんでしたね……」
「え、あれ? よくわかったね」
 振り返ると良く見知った顔が呆れたと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「オレ視力良いっすからね。直ぐわかりましたよぉ」
「僕は全然わからなかったよ」
「……そりゃあんたの方が前を歩いてんですから当たり前じゃないですか」
 呆れ顔が隣に並んで、更に僕に歩くことを促してくる。僕はそれに倣って歩き始めると、漣くんは大きな溜息を吐いた。
「あんたずぶ濡れじゃないですか……風邪ひきますよぉ?」
「でもこの雨足だと走ってもずぶ濡れなのは変わんないなと思っちゃって」
「だけどちょっとでも早ければ、体が冷える時間も短くて済むわけですし。さっさと走りゃ良いのに」
「うん、まあそうだね」
 体力がないわけじゃないけど、走る気がしなかっただけ。そこまで言うほどの理由なんてないから、敢えて説明する気も起きなかった。
「……まあ、これ以上濡れなければまだマシっすかね」
 漣くんの持っている傘を差し掛けてくれている。おかげでありがたいことにこれ以上濡れることもなさそうだった。
「漣くんは濡れてない? 大丈夫?」
「この傘デカいですから大丈夫ですよぉ」
 笑みを浮かべつつも早く歩けと言わんばかりに僕の背に手を添えて押されている。冷えていた背中にじわりと温かみを感じてしまう。ただそれだけで一人じゃないと思えてくるのだから我ながら現金なものだ。
「帰ったら直ぐ着替えて暖まってくださいよぉ」
「うん。そうするよ」
 じっとりと濡れた髪からぽたりと雫が垂れる。さっきまで足取りが重たかったのに今は軽くなった気がした。濡れた髪を掻き上げて改めて眼鏡を掛け直した。間近にはっきりと見えるその顔はいつものように穏やかに見えた。

4/19/2023, 11:36:05 AM

#もしも未来が見れるなら

「え? そんなことが出来るならどんなアイドルが出てくるか見たいなぁ!」
 わくわくとした顔で笑って答えたのは明星くん。
「宝くじの当たり番号見てくるとか? だって俺らお金ないしさー! 活動資金欲しいだろ」
 やはり笑みを浮かべながら、真面目な返答をくれたのは衣更くん。
「咄嗟には出てこないな。……強いて言うならば、おばあちゃんが元気な様子を確認するか」
 凄く真面目な口調で淡々と呟くのは氷鷹くん。
「じゃあウッキ〜は?」
「え、そうだねぇ。みんなと一緒に活動してる状況を見たり、困ったことに巻き込まれていないか確認するかなぁ」
「俺とあんまり変わんないね! ウッキ〜だったら眼鏡をいつ買い替えるか確認するのかと思った!」
「いやいや! そんなことのために未来を見るなんて勿体無いからね?!」
 あはは、と笑い声を響かせながら次の仕事に向けて着替えを終えた。バックパックを背負うと、他のみんなも同じように着替え終わっていて、直ぐに移動出来る状態になっていた。
「次の撮影現場って初めて行くところだよね〜?」
「大丈夫! 地図は調べてあるからちょっと待ってね」
 端末のロックを解除すると幾つかのメッセージが届いているのが目に入る。『天気予報が外れて夜は雨が降るみたいですよ。お迎えに行きますんで撮影終わったら連絡ください』。
「……未来が見えたらこういうやり取りもなくなるのかなぁ」
 思わず呟いてしまったが、何故だか氷鷹くんが微笑ましいものを見たと言わんばかりのいい笑顔をしていた。
「未来など見えても見えなくても、きっとお前はそういうささやかなやり取りをすると俺は思うぞ」
「だよね〜? じゅんじゅんは心配性だし!」
「真は未来を見るのは勿体無いって自分のためには見ないだろうしな〜」
 矢継ぎ早に口にされると、僕が見ていたものが見えてしまったのだと理解する。
「え! 何で見えたの?!」
「だって地図見せてくれるんだと思ったからさ〜。みんなで覗いてたよ?」
 そういえばそうだった! 見ていないと思い込んでいたのが恥ずかしすぎる!
「帰りは俺ら先に出るからな! 漣とゆっくり帰れば良いぞ」
「も、もう! 揶揄わないでよ!」
 地図を表示させて、行き先を示すとみんなが歩みを揃えた。
 確かに未来が見られるとしても、些細なやり取りは変わらないのかもしれない。例え他の人から見たらたいしたことがないやり取りだとしても、お互いに気にかけて言葉を交わすなら他の何にも変えられない素敵なものになるだろうと僕は思った。

4/18/2023, 2:38:40 PM

#無色の世界

「事故に遭ったんだって」
 ただその一言が耳に届いた瞬間、周囲から音と色が消え失せた。ひたすらオレの頭がその言葉を否定し続ける。そんなはずはない。ありえない。だって、ついさっき……本当にちょっと前に『また夜にね〜』と笑顔で話をしてたんだから。……ありえない。そんなこと。
「ジュンくん顔色が悪いね」
 腕を引かれてようやくそこにおひいさんがいることに気が付いた。
「どうしたんすか?」
「……え、それはぼくのセリフ……だね?」
 オレの無意識のうちに発した言葉に、珍しくもおひいさんはたじろいだ。ただ、腕を引いてオレを椅子へと導く。
「今日は合わせでの練習だし、休んでも問題ないね。……ね? 茨」
「ええ、ジュンなら直ぐに合わせられるでしょうな。……そんな状態で練習したって身になりませんし」
 二人のその対応に、再び視界がぐにゃりと歪んだように感じた。さっき聞こえた言葉が肯定されたような気がしてしまうからだろう。何かの冗談だと言ってくれ。だから休むなんて以ての外だと、言ってくれ……。
「きっと後から連絡が来るだろうから……ジュンはそれを待った方が良いね」
 オレにとって最後の砦だったナギ先輩までもがオレに配慮する。ああ……どうして誰も否定してくれないのだろう。視線を持ち上げて、誰かが「冗談だ」と言ってくれることに期待をする。いつもは色鮮やかな世界で煌めいている人たちが、今はモノトーンに見えた。
 ただ一言がオレの世界から色を奪った。いつその色は戻ってくるのか、オレにはわからなかった。

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