#無色の世界
「事故に遭ったんだって」
ただその一言が耳に届いた瞬間、周囲から音と色が消え失せた。ひたすらオレの頭がその言葉を否定し続ける。そんなはずはない。ありえない。だって、ついさっき……本当にちょっと前に『また夜にね〜』と笑顔で話をしてたんだから。……ありえない。そんなこと。
「ジュンくん顔色が悪いね」
腕を引かれてようやくそこにおひいさんがいることに気が付いた。
「どうしたんすか?」
「……え、それはぼくのセリフ……だね?」
オレの無意識のうちに発した言葉に、珍しくもおひいさんはたじろいだ。ただ、腕を引いてオレを椅子へと導く。
「今日は合わせでの練習だし、休んでも問題ないね。……ね? 茨」
「ええ、ジュンなら直ぐに合わせられるでしょうな。……そんな状態で練習したって身になりませんし」
二人のその対応に、再び視界がぐにゃりと歪んだように感じた。さっき聞こえた言葉が肯定されたような気がしてしまうからだろう。何かの冗談だと言ってくれ。だから休むなんて以ての外だと、言ってくれ……。
「きっと後から連絡が来るだろうから……ジュンはそれを待った方が良いね」
オレにとって最後の砦だったナギ先輩までもがオレに配慮する。ああ……どうして誰も否定してくれないのだろう。視線を持ち上げて、誰かが「冗談だ」と言ってくれることに期待をする。いつもは色鮮やかな世界で煌めいている人たちが、今はモノトーンに見えた。
ただ一言がオレの世界から色を奪った。いつその色は戻ってくるのか、オレにはわからなかった。
4/18/2023, 2:38:40 PM