秋晴れ
先の三連休に、茨城県の大洗へ行ってきた。
高速を降りて海へ向かう道のり、右を見ても左を見ても、びっしりとサツマイモ畑が広がっていた。
収穫機と無数のカゴが畑に登場。根っこでつながったサツマイモが、次々と青空に顔を出す。
作業する人たちは笑顔だった。きっといい出来だったのだろう。うらやましい。
窓を開けて車を走らせた。空気がカラッとして気持ちいい。
潮風が吹き込むと湿気が飛ぶ。そうなると害虫が少ないらしい。農薬も少なくなる。サツマイモも自然の味わいだ。うらやましい。
大洗神社の神秘的な鳥居を見てから帰路へつく。3時過ぎだが、まだまだ暖かい。この地区は日照時間が長いらしい。農作物作りには最適な気候だ。海も近いし。うらやましい。
次の日。負けじと我が家のサツマイモも採ってみた。本当はもう少し置きたかったが、モグラにかじられてはたまらん、ということでスコップを手に畑へ。いざ、掘り出してみると……。
ふむ。まずまずではないかな。数も大きさも去年よりいい気がする。モグラの先手を取れたのもホッとした。
味は……。どうだろ。何とも言えん。サツマイモは置いておいたほうが甘みが増す。長期保存できるところがサツマイモのいいところだ。これだけあれば、冬に天ぷらで食べる分は十分ある。スイートポテトも作れるな。
腰が痛くなったけど、秋晴れの収穫は心地よい。来年は、もう1列作ってみようかな。干し芋用に紅はるかで。
忘れたくても忘れられない
大学からの帰り。駅を降りてすぐ隣の駅で夕食の弁当を買って家まで歩く。なかなか大きな住宅街で、駅からは、赤の地面の広くて立派な遊歩道が付されていた。
夕方、同じように帰宅中の人が何人もいた。スーツのおじさん、小学生、スーパーの袋を下げたおばさん、女子高生は携帯電話をいじりながら歩いていた。
僕も歩いた。その日は朝が早かったから疲れもあって、早くベッドに横になりたかった。
ただ、歩いた。視線を下げて、赤い地面を見ながら。
ふと、顔を上げた。前を歩く人たち。彼らもただひたすら歩いていた。誰一人、こちらに向きを変えることもなく、振り返ることすらなく、前だけを見て歩いていた。
こいつら、まるで蟻の行列だな。そう思った。
だが、すぐにハッとした。慌てて後ろを振り返った。あとには、同じように歩く人たちがたくさん続いていた。
なんだよ、俺もただの蟻だったのかよ。
自分はあんなふうにはならない。そう思って生きていたけど、いつの間にか同じになっていた。
もしあの時、後ろを振り返っていなかったら、勘違いの傲慢さを抱えながら、今も生きていたかもしれない。
己の恥を思い返すあの遊歩道。忘れたくても忘れられない光景です。
やわらかな光
美大に通う彼女が、林檎の絵を描いてXにポストしていた。
どう?
うん。林檎だね。
それだけ?
ええっと……。 どうしようか。迷ったけど、僕は彼女に隠し事ができない男なのだ。
影、かな。
影?影がどうしたの。
影がくっきりしているから 瑞々しくていい林檎に見える。特級品の林檎って感じ。店頭に並んでいたら、皆、手に取るんじゃないかな。
いいじゃん。ダメ?
ううんと……。じゃあ同じ林檎で影をぼやかして描いてみて。
2時間後。影のぼやけた林檎がポストされた。
どう?
うん。いい。僕はこっちがいい。
そう。理由は?
くっきりしている影は、強い光が当たっている証拠。ぼやけた影はやわらかな光。林檎にわざわざ強い光を当てるなんて、作為的なものを感じて嫌だ。そんな状況ある?不自然だよ。2枚目の方が温かみがあってホッとする。自然光。陽の光って感じで。
ふむ。じゃあお店だったら2枚目の方を手に取るの?
1枚目。
なにそれ。
食べるから。美味しそうなのは1枚目。
ううん、なんか納得いかない。
だからさ、実際に食べるとか美味しそうとかいうのと、君が何をどう描くのかってのは全くの別問題ってことさ。林檎を良く見せたいなら1枚目でもいい。僕には不自然でありきたりな林檎に見えるけどね。2枚目の方が自然で個性的に見える。絵としてはこっちが好きだな。
そっか。……なんかくやしい。負けた気がする。
まあ気にしないで。所詮、美術は3しか取ったことない男の話だから。
うう、 ますます負けた気がする。すごくする。
鋭い眼差し
うつ伏せで横たわっている僕を見ていた。
ん?僕を見ている?僕が?
だから夢の中なんだとすぐわかった。
横たわった僕も、こちらを見ている。
鋭い眼差し。開いているのは左目だけだが、その光は寸分もブレること無く灯っていた。静かに、しなやかに。そして強く。
それを見ている僕はおそらく右目だ。顔は、体はあるのだろうか。そんなことを考えていると、浮遊感を感じた。そばの水たまりに映った自分を見ると、カラスがくちばしで目玉を挟んでいる。
飲み込まれる。そう思った瞬間、横たわった僕に視線をやった。右目が飲まれようとしているにも関わらず、左目は動揺もなく、鋭い光のままだった。
おはよう。
おはよう。
早く支度しないと遅刻するわよ。ご飯、できてるから。
ああ。 彼女に促されて起き上がる。放尿したあと、洗面所で顔を洗った。鏡でそっと自分の顔を見る。
穏やかな顔だった。僕はこんな、穏やかな目をしているのか。
なんと、なんともまあ、腑抜けた視線をしていることか。
あの目は、あの左目は、こんなに甘ったるい目じゃなかった。いつの間に僕は、剛毅さを捨ててしまっていたんだろうか。昔はもっと苛烈な気質だったはずだ。
もう一度顔を洗ってから鏡を見た。映る男をできる限りの力で睨んだ。
まだだ、こんなんじゃまだ足りない。本来の俺はもっと激しさが溢れているはず。
昨日に満足するな。愛想笑いなんかに逃げず、今日の全てを睨み返せ。
心の中で鏡の男に言った。
高く高く
少しウエストが太くなった猫を連れて、食後の散歩に出た。
畑の前に行くと、なにやら騒がしい。 カエルの一団がやけに騒いでいる。
なんだって?
にゃあ。(どっちが高く跳べるかで勝負してる)
どっちって?
にゃあ。(みどりと茶色)
集団の輪の中で、二匹が睨み合っている。
にゃあ。(判定の仕方がわかんないみたいだ)
やれやれ。しょうがないな。
僕は物置から脚立を持ってきて、広げて置いた。
何段目の踏み板まで跳べるか。これならわかりやすいだろ。
にゃにゃ。 猫がカエル達に説明すると、2匹とも頷いて了承した。
先手 みどり。鋭い視線で脚立を見上げ、3回ほど喉を膨らませたあとジャンプした。太ももの筋肉がしなり、腱が美しく伸びた。タッタッと見事な着地。
記録 2段目。
後手 茶色。ふてぶてしくスタート地点に寄る。周囲は皆みどり色だが、そんなことは一切気にもしない。泰然自若。観客の歓声も待たずにサッと跳んだ。ダッと音を立てて着地。
記録 地面。
歓声が止んだ……。えっ?な、なに?今の?どういうこと?
しばらくして。沈黙を破ったのは茶色だった。
ケ、ケロケロ、ケロケロ、ケロケロケロケロ。
なんだって?
にゃあ。(さっきまで土の中で寝てた。寝起きだから本調子じゃない。ホントはもっと高く跳べる、だってさ)
観客がいっせいに騒ぎ出す。
ああ、うるさい、うるさい。じゃあ脚立、向こうに置いておくから、気が済むまでやってくれ。
僕は畑の端っこ、家からできるだけ離れたところへ脚立を運んだ。カエルの一行があとに続いた。
じゃあな。 脚立をセットして、僕は家へ向かった。
にゃあ。(おいらなら、脚立の天辺まで跳べるぞ)
嘘つけ。いつの話だよ。ちゃんと運動しろ。最近ちょっと太り過ぎだぞ。
にゃ。(お前もな)