子どものように
友人が飲みに誘ってくれた。励ましにと。
もっと良い人に会えるって。
うん……。
ほらほら、今日は奢るから。いっぱい呑みなさい。
ありがとう。
次の日の朝。案の定、二日酔い。気分は最悪だった。が、頭の方は妙に冴えていた。
君とは合わない。実は最初の方から思ってた。
彼の言葉が頭のなかで何度もリピートする。最初から、なんて言われたら、私の何が悪かったのかわからない。
子どものように泣けたらいいのに。そしたら今よりはスッキリしたかもしれない。
でも泣けなかった。大人になって強くなったせいだ。つらいけど、今日も明日も立てる。成長の証。
でもそれはそれでつらいものがある。恋愛への情熱が薄れていく気がして。
あ~あ。生きるって大変だなあ。
放課後
入学して間もない4月のある放課後。
そこまで話したことがないクラスメイトと、初めて同じ掃除当番になった。並んでモップ掛けをしているうちに、意外とスラスラと会話が進んだ。
部活入ってるんだっけ?
ああ、陸上部。そっちは?
数学研究会。
そんなのあるの?
さあ。先生に部活には入らないと伝えたら、そうなってた。うちの学校は、全員部活に入るってことになってるから、帰宅部だと困るんだろ。学校としては。
ああ、そういうことか。んで、実際はなんかやってるの?放課後。
特別教室で勉強してる。東大に行くつもりなんだ。
マジで?すごいね。数学も勉強してる?
もちろん。
じゃあ、数学研究会で合ってるじゃん。
──という話をした。1年生の時だ。
学年が変わってからは別のクラスになり、挨拶程度に話すぐらいだった。
その後、彼は本当に東大に入った。
高校最後の登校日、彼が僕に会いに来た。
東大、行くよ。
そうか、すごいな。よかったな、数学研究会。 と、僕が言うと、
覚えてたのか。と嬉しそうに彼は言った。
東大志望って言ったの、お前に言ったのが初めてだったんだよ。なんであの時そんなこと言ったのか、自分でもわかんないんだけどさ。それにしてもよく覚えてたな。
そうだよな。よく覚えてたよな。
そこから少し話して別れた。それからは会ったことはない。
友人という程ではなかった。それなのに何故か、あの時の会話はとても印象に残っている。この不思議な感覚は、理屈なんて気にしなかった、青春時代だったからこそのものなのかもしれない。
カーテン
好きな配信者が入院してしまった。救急車で運ばれたらしい。
配信をしばらく休みます、とのこと。天井と点滴、仕切りのカーテンだけの写真がUPされていた。
とりあえず無事だそうなのでひと安心ではあるが、突然だったのでとてもびっくりしている。
写真の中のカーテン。半分以上のスペースで写っている。病院のカーテンって、不安にならないように、柔らかな雰囲気の色のはずなんだけど、一緒に写る点滴のせいか、妙な緊張感がある。
笑われるかもしれないが、僕はネットにコメントしたことがなかった。Xもそうだし、その配信者の動画のチャットにも、コメントしたことはなかった。
でもその日に、初めてコメントを書いて送ってみた。たぶん、あのカーテンのプレッシャーがそうさせたんだと思っている。内容は大したことはない。
“いつも動画見てます。お大事に。 ”
次の日、青空の写真がUPされていた。少し回復した、とのコメントも載せられていたので、ホッとしている。
焦らずに治療して欲しい。2024/10/11
涙の理由
偶然会って数年前の話になった。数年前に受けた映画のオーディションの話。
なぜ君を選んだと思う? 監督が言った。
1番、上手かったから、ですか。
いや、1番じゃなかったよ。
ならなぜ?
泣き、さ。それだけは他より良かった。
それはどうも。それだけ、っていうのが気になるけど。
君は理由も無く泣ける。そこがいい。
ありがとうございます、でいいのかしら。
いいに決まってる。女優だからな。でも。
でも?
それが人としていいことなのかどうかは知らない。完全に、芸術とプライベートを分けられるならいいんだろうが……。そんな器用なこと、俺にはできないからな。
私は大丈夫。できます。
ほう、言い切るね。
だって女優ですから。
監督は笑った。
そうだった。本物の女優は人じゃない。化け物だったな。
ココロオドル
衆議院解散。選挙戦突入。
二十歳になって投票権がもらえた。今は18歳か。
投票所入場券を持って市役所へ。初めての投票だったので、入場券が折れたり汚れたりしないように、ものすごく気を使って持って行ったことを覚えている。
期日前投票だったので比較的空いていた。ただその分、選挙管理委員会の人たちの視線を熱く感じてしまった。悪いことしてないのにちょっとだけ手が震えた。
ここでいいですか、と係の人に聞いて箱に紙を入れた。
部屋を出て長い通路を歩く。
ついに……。ついに、投票してしまった。浅薄でいい加減で三日坊主で面倒くさがりの矮小な僕が、日本の未来に莫大な、甚大な、多大な、絶大な影響を与える一票を投じてしまった。数日後には、ガラッと日本が変わる。
心躍らせながら市役所をあとにした。
結果はというと、僕が投じた候補者が当選した。
ええっと……。
結果はというと、そこまで日本、変わってないです。時代の流れに伴う変化(科学技術の進歩など)ぐらいはあったけど、あの時心が躍ったほどではないですね。僕の一票、絶大じゃなかったみたいです。
じゃあ投票しなくてもいいじゃん、って言う人がいることもわかります。でも、今回の選挙も僕は投票に行きます。
なぜかと言うと、いつか、偶然、国会議員の先生方に会った時、あんたらのこういうところがダメなんだ、と大声で言ってやろうと思っているからです。
でもその最中、あ、自分、投票してない、って思い出したら、叱ってる言葉に、まったくエネルギーが入っていかない気がするんです。そういうの、なんとなくマヌケな感じがしますよね。
だから別に、100%良い人として投票にいく訳では無いです。私怨を晴らす、まではいかないけど、少しぐらいは感情論で文句言ってやりたいなと、そんな不純な動機も含んでいます。
ともあれ。
今回は多数側の陣立てにも、裏があると噂のたった者が幾人も並ぶご様子。攻めようによっては、少数側の勝利、とまではいかなくとも、それなりに戦果をあげられるのではなかろうか。
どんな結果になろうとも、軍配はいつも市民に上がってほしいものだ。