イオリ

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10/9/2024, 2:02:59 AM

束の間の休息

感謝の気持ちを持つと、いい人生になるらしい。僕の人生がイマイチなのは、きっと感謝の気持ちが足りないからだな。

カバーをパカッと開けて、フィルターを外した。案の定、埃が溜まっていた。夏中、本当に毎日フル稼働だったからな。

外の水道で埃を落とす。専用の泡洗剤をかけておく。その間、洗浄スプレーで本体を洗う。電気部分にかからないように慎重に。

フィルターの泡を落とし、物干しにぶら下げる。帰宅後、乾いているのを確認し本体に戻した。

パチっとカバーがはまる音を聞いて終了。


エアコン君、夏の頑張り、ありがとうな。冬が来るまで、ゆっくり休んでくれ。秋が短くなった近年では、束の間の休息かもしれないが。

10/7/2024, 12:45:12 PM

力を込めて

ほんの2週間前までは、ずっと半袖でいられた。今は寒暖差が怖くて、クロゼットから少しずつ長袖を引っ張り出している。

今年の夏は暑かった。おかげで体もほぐれてよく動けた。元気な太陽を見ると、何かしたい、じっとしていたくない、って感じで心も熱かった。

でもひとつだけ。心残り。

機会がなかったわけじゃない。帰りが一緒になることもあった。一緒に冷やし中華も食べたし、スイカも食べた。

でも言えなかった。一度言おうとしたけど。怖くて。

それが心残り。夏の落とし物……。


10月某日。日は落ちたけど、この日はまだ半袖で過ごせる。隣を歩く彼も、まだ半袖だった。

駅へ向かう。路線は別。だからいつも駅でさよなら。

今夜はまだ暖かい。心にもまだ、夏の熱が残っている。


じゃあ。 いつもの場所でいつも通り背を向けようとする彼。

私は夏の余熱の力を借りて、力を込めて一步踏み出した。

待って。話したいことがあるの。


ずっと閉じ込めてきた想い。今度こそ伝えなきゃ。

震える声。でも。今日こそ夏の落とし物を拾おう。
頑張れ、私。


10/6/2024, 11:16:37 PM

過ぎた日を想う

実家に帰ると、垂れ下がった柿の枝が増えていた。実が大きくなった証拠だ。色もオレンジに染まりつつある。もうそろそろ収穫。渋柿の木。

昔は隣にもう一本あった。こちらは甘柿。渋柿は採ってから皮を剥いて軒先に吊るす。甘柿は皮を剥いたらすぐ食べられる。子供の頃は甘柿の方が好きだった。すぐ食べられるから。

それが、10何年か前の台風18号か19号か20号かで倒れてしまった。家族一同、楽しみが干し柿のみになってしまったわけだ。


また別のある日の実家帰り。

車を降りて家に向かう途中、猫の鳴き声が聞こえた。周りを見渡すと、柿の木の枝に登って私を見下ろしている。

ただいま。

にゃあ。(おかえり)

家、入んないのか?

にゃ。(まだいい)

じゃあ先に入るよ。


着替えてから、コーヒーを飲むのに電気ポットのスイッチを押した。

湯が沸くのを待つ間、窓から柿の木を見てみた。

枝の上で鎮座するシャム猫。こちらには背中を向けている。顔は向こう側。甘柿の木があったほう。

昔は二本の木をいったり来たり、登り降りしていた。若猫の頃だ。いまは一本の木だけ。

背中になんとなく哀愁を感じる。

甘柿の木のこと、思い出してるのかな?でもないものはしょうがないよ。

コーヒーを淹れた。棚からクッキーを出して食べた。

まだ戻んないのかな。戻ってきたら、ちゅ~るをあげよう。寂しさも、ちょっとはまぎれるはず。









10/5/2024, 11:26:24 PM

星座

ドア閉めます。どちらまで?

くじらを見たいんだが。

くじらですか。ここからだと長距離になりますがよろしいですか?

ああ、構わない。

では、行きます。 運転手がハンドルを右へ切る。

お客さん、動物は大丈夫ですか?

動物?別に問題ないが。

そりゃ良かった。いえね、先月乗せた客がそっち方面が苦手だって言うもんでね。わざわざ、ケフェウス─カシオペア線まで迂回したんですよ。あそこは渋滞が酷いから。でもお客さんはそんなことないようで助かった。最短の、こぐま─おおぐま線からきりん─やまねこ線を通って行きます。あ、シートベルトお願いしますね。

惑星タクシーが垂直飛行を始め、大気圏を抜けたところから水平飛行へ移った。遥か遠くの星々が、煌めきを残しながら後ろへ流れていく。

最近はタクシー業界はどうかね。

いやあ、厳しいですね。何でもかんでもロボット化が進んじまってね。私なんかもクビになりそうだったんですが、社長と麻雀仲間だったんでなんとか助かったんですわ。なんだかんだ言っても、やっぱり最後は人情ですね。

そうか。確かにそういうものかも知れんね。


途中、給油のために、ぎょしゃ座のカペラに寄った。

ここは混むね。

ええ。ほら、あっち見て下さい。あれがペルセウスです。あれ見たさに、観光客がここで休んでいくんですよ。

そういうことか。

もしよかったら、少し寄って行きますか、ペルセウス。

いや、いい。行こう。

そうですか。じゃ出発しましょう。ここから間もなく、おひつじ─おうし線を通れば、すぐくじらが見えますよ。



お客さん、お客さん、起きてください。着きましたよ。

ん、おお、そうか。あ、あれか。な、なんと。なんと、広大な。

いやあ、私も久々に見ましたが、凄いですね。壮大で圧倒されますね。……ん、お客さん?どうしたんですか。いくらなんでも、くじらが神秘的だからって、なにも泣くほどじゃないでしょう。

ああ、いや。実はね、今日は代わりに来たんだ。友人の代わりにね。

代わり?

……入院していてね。死ぬ前に自分の代わりに見てきてほしいと。

ああ、そういうことですか。……もう長くないんですかい?

ああ。

そうですか……。そうだ、写真撮っていきますか?私撮りますよ。ほら、そっちに立って。

ありがとう。……いや、やっぱりいい。

へ?どうしてです?

写真みせたら、あいつの中のくじら座が完結しちまう。満足だって。そしたら、もういいか、って気力が抜けちまうんじゃないかな。

そうかあ、そうかもしれませんね。じゃあ、お客さんがいっぱい話してやればいいんですよ。くじらはこんなに凄かったって。神秘的だったって。そしたら自分でも見たくなって、生きる気力も出てくるんじゃないですか?

なるほど。

よし、そうと決まればさっそく戻ってお見舞いに行きましょう。病院まで送りますよ。超特急で。

ありがとう、運転手さん。でも安全運転で頼むよ。スピード違反はしないでくれよ。

いやいや、任せてくださいよ。こう見えても昔は、『峠の皇帝』と呼ばれたこともありましてね。


タクシーが旋回し青の星へ向いた。

帰りはアルデバランに寄りましょうか。あそこの牛すき焼きは絶品でしてね。お友だちへの土産話に加えてみてはどうです?

はは、そうか。じゃあ頼むよ。

それでは目的地、アルデバラン官公庁前。出発します。あ、シートベルトお願いしますよ。







10/4/2024, 11:33:39 PM

踊りませんか?

休日だというのに、仕事だ、と言って普段と変わらない様子で出ていった。あまりにもいつもと同じ様子なので、何も言えなかった。

今日は、記念日なんだけどなあ……。

心の中でつぶやき、洗濯を始めた。


お昼前。

ただいま。 彼の声。こんなに早く?驚いて振り返ると、さらにまた、驚いてしまった。

タキシード姿の彼が蝶ネクタイを整えながら立っていた。

ど、どうしたの?

君とダンスしたい。 そう言って手を伸ばしてきた。わたしはその手を取り、彼に近づいた。

この服、どうしたの?

借りてきた。どう?

うん。カッコいい。服が。

服だけ?

服だけ。 お互い笑顔が漏れた。今日初めての笑顔。


それから、ふたりとも馴れない手つきで踊ってみた。リビングの小さなスペースで。テレビか何かで、誰かが踊っていたのをなんとなく思い出しながら。

下手ね。

シューズを借りるのを忘れたから、しょうがない。スリッパじゃ本来の力が出ないんだよ。

わたしだってスリッパよ。服も部屋着だし。

じゃあ来年は、君のも借りてこよう。シューズも。

イヤ。あんな派手なの着たくない。

そっか。

うん。でも。

でも?

踊るのはいいよ。ここで。来年も。再来年も。



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