イオリ

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星座

ドア閉めます。どちらまで?

くじらを見たいんだが。

くじらですか。ここからだと長距離になりますがよろしいですか?

ああ、構わない。

では、行きます。 運転手がハンドルを右へ切る。

お客さん、動物は大丈夫ですか?

動物?別に問題ないが。

そりゃ良かった。いえね、先月乗せた客がそっち方面が苦手だって言うもんでね。わざわざ、ケフェウス─カシオペア線まで迂回したんですよ。あそこは渋滞が酷いから。でもお客さんはそんなことないようで助かった。最短の、こぐま─おおぐま線からきりん─やまねこ線を通って行きます。あ、シートベルトお願いしますね。

惑星タクシーが垂直飛行を始め、大気圏を抜けたところから水平飛行へ移った。遥か遠くの星々が、煌めきを残しながら後ろへ流れていく。

最近はタクシー業界はどうかね。

いやあ、厳しいですね。何でもかんでもロボット化が進んじまってね。私なんかもクビになりそうだったんですが、社長と麻雀仲間だったんでなんとか助かったんですわ。なんだかんだ言っても、やっぱり最後は人情ですね。

そうか。確かにそういうものかも知れんね。


途中、給油のために、ぎょしゃ座のカペラに寄った。

ここは混むね。

ええ。ほら、あっち見て下さい。あれがペルセウスです。あれ見たさに、観光客がここで休んでいくんですよ。

そういうことか。

もしよかったら、少し寄って行きますか、ペルセウス。

いや、いい。行こう。

そうですか。じゃ出発しましょう。ここから間もなく、おひつじ─おうし線を通れば、すぐくじらが見えますよ。



お客さん、お客さん、起きてください。着きましたよ。

ん、おお、そうか。あ、あれか。な、なんと。なんと、広大な。

いやあ、私も久々に見ましたが、凄いですね。壮大で圧倒されますね。……ん、お客さん?どうしたんですか。いくらなんでも、くじらが神秘的だからって、なにも泣くほどじゃないでしょう。

ああ、いや。実はね、今日は代わりに来たんだ。友人の代わりにね。

代わり?

……入院していてね。死ぬ前に自分の代わりに見てきてほしいと。

ああ、そういうことですか。……もう長くないんですかい?

ああ。

そうですか……。そうだ、写真撮っていきますか?私撮りますよ。ほら、そっちに立って。

ありがとう。……いや、やっぱりいい。

へ?どうしてです?

写真みせたら、あいつの中のくじら座が完結しちまう。満足だって。そしたら、もういいか、って気力が抜けちまうんじゃないかな。

そうかあ、そうかもしれませんね。じゃあ、お客さんがいっぱい話してやればいいんですよ。くじらはこんなに凄かったって。神秘的だったって。そしたら自分でも見たくなって、生きる気力も出てくるんじゃないですか?

なるほど。

よし、そうと決まればさっそく戻ってお見舞いに行きましょう。病院まで送りますよ。超特急で。

ありがとう、運転手さん。でも安全運転で頼むよ。スピード違反はしないでくれよ。

いやいや、任せてくださいよ。こう見えても昔は、『峠の皇帝』と呼ばれたこともありましてね。


タクシーが旋回し青の星へ向いた。

帰りはアルデバランに寄りましょうか。あそこの牛すき焼きは絶品でしてね。お友だちへの土産話に加えてみてはどうです?

はは、そうか。じゃあ頼むよ。

それでは目的地、アルデバラン官公庁前。出発します。あ、シートベルトお願いしますよ。







10/5/2024, 11:26:24 PM