イオリ

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9/18/2024, 11:16:20 PM

夜景

ベランダでキャンバスと向き合う。

夜のビル群。都会は好きじゃないけど、この景色の美しさは認めざるを得ない。


楽しそうに描くのね。 ワインを片手に彼女が言った。

楽しい。

どんなところが?

例えば、窓明かり。

窓明かり?

うん。あの最新のビルのあの部屋で、どんなかっこいい仕事してるのかなとか、光がない部屋は、今日は残業の人はいないのかな、とか考えるのが楽しい。

ふうん。どれもおんなじ光に見えるけど。

夢がないねえ。でも……。

でも?

みんな絶対に違うよ。みんなそれぞれ特別の光。そう思うと、都会にいる時の時間がただ流れるだけじゃなくて、何かの意味があるって思える。

あなたって、なんだか小難しいことばっかり考えるのね。

変?

かもね。でも嫌いじゃないわ。 そばのランタンを揺らしながら彼女が言った。

この光も特別?

そう。特別。

どんな特別?

僕がいて、君がいる。そういう特別。

なるほど。

ふふっと彼女は笑った。それから部屋から椅子を持ってきて側に座った。その日の夜景を描き終わるのを、ワインに酔いながら静かに待ってくれた。










9/17/2024, 11:21:45 PM

花畑

赤、ピンク、白、青、紫、オレンジ、黄色。

色あざやかな花畑。

家族旅行かカップルのデートか、理由はそれぞれ。でもおんなじなのは、訪れた人はみんな、鮮やかさに目を奪われている、というこ
と。


そんな中。

花たちの間を、小さな影が蠢く。

時に悠然と闊歩し、時に猛烈に走り出す。


赤、ピンク、白、青、紫、オレンジ、黄色。

そんなこと知ったことか。光り輝く色たちの間を、したり顔の黒猫が進んでいく。

おい、黒猫。お前は花を観ないのか?

僕が小声でささやくと、

にゃ、と小さく鳴いて一瞥し、その場で寝そべってしまった。

ここにいるってことは、花が好きなのか、それとも、まったく意に介さず、ということなのか。

百花繚乱、千紫万紅の中の、一匹の黒猫。

周りに流されない強さ。埋れない強さ。


お前はすごいな。 そう言って僕は彼の頭を撫でた。



9/16/2024, 10:59:06 PM

空が泣く

自分が薄情とも思わないけど、でもちょっとそう思う時もある。

ロシア・ウクライナ戦争が始まった当初、悲惨な映像を見て胸が痛んだ。ユーチューブで偶然見つけた、昔の反戦の歌を聞いて涙が出てきた。

でもいまは、そんなこともなくなってしまった。長期間だから慣れてしまった。ひどいヤツだな。

言い訳するつもりじゃ無いけど、おんなじような人、たぶんいると思う。


僕はもう泣けない。代わりに空が泣く。

空が泣いたら、忘れちゃダメだというサイン。

そういうことにする。

9/16/2024, 2:02:04 AM

君からのLINE

こんばんは。 何事かと思った。夜中、彼女からのLINE。とりあえず返信。

LINE苦手って言ってなかったっけ。

うん。ちょっといろいろあって、話したくて。でも寝てたら悪いからLINEにしてみた。

ああ、そう。なに?大丈夫?

それがさ、空き巣に入られた。

ええー。大丈夫?

うん。

何か取られた?お金とか。

お金は置いてないから大丈夫だったけど。

けど?

冷蔵庫のプリンがなくなってた。

……。

ちょっと。既読ついてますけど?

……。

電話の着信が来た。僕は恐る恐る出た。

やっぱりお前かー。 夜中とは思えない大声だった。

ごめん、昼間行ったら見つけたから。

楽しみにしてたのにー。1日の最後、プリンがあると思ってバイト頑張ったのにー。

ちょっと声大きいよ。夜中だから。LINEにしよ、ね。

わかった。 ブチッと通話が切れた。

そこから延々と、怒りと謝罪のメッセージが繰り返された。

LINEが苦手って言ってたけど、とてもそうは思えない速さで返事が来る。

でもLINEでまだ良かったなぁ。目の前だったらと思うと……。

とにかく明日、謝りに行こう。特製の極上の限定の、無添加無着色の、匠の技が光る、全米ナンバーワンのプリンを持って。

2個、いや、10個持って行こう。

9/15/2024, 12:14:18 AM

命が燃え尽きるまで

グッド・ウィル・ハンティングのウィルハンティングみたいな、数学の天才には僕はなれない。だって中学の数学の先生の教え方が下手だったから。

スーパーマンにもなれない。だってもう電話ボックス自体がほとんどないから変身できないし。

ダーティハリーのハリーにもなれない。だって44マグナムなんて、破壊力が強すぎて、刑事の銃としてはどうなの?って感じだから。


だから、映画みたいなドラマチックな日々が訪れないのは、周りのせい。全然僕のせいじゃない。



……命が燃え尽きるまで、こんなふうに思い続けるわけにはいかない。

だから、物語を書こうと決めた。決めたんだ。

誰のためでもなく、誰かのせいにするつもりもなく。

ただ、自分の命が燃え上がるために、と。

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