やるせない気持ち
きれいな絵ね。 部屋の絵を見て彼女が言った。
そう?
うん。とってもきれい。
PCで作ったんだ。
そうなの?すごい。わたし、こういうの好きかも。
翌週。
料理をする間、音楽をかけた。
これ、初めて聞いた。すごくいい曲ね。
そう?
うん。なんて曲?誰の?
作った。PCで。
そうなの?すごい。あとでわたしにもくれる?
翌週。
彼女の家に行く途中で、花を買った。
ありがとう。すごくきれい。
そう?
うん。色も好きだし。香りもいいし。すごく嬉しい。
さて、どうしよう。
絵も曲もAIが作ってくれた。花の色もAIが選んでくれた。彼女はとても喜んでくれたからいいのだろうけど……。
なんだかなぁ~。
僕よりもAIの方が彼女の好みを知っている。
なんとなく、悔しい……。
海へ
スマホで撮影した。
教科書、ピーマン、父親、クラスの無駄にうるさいヤツ、口だけは御立派な部活の先輩。
金曜の夕方、台風が来る前にと思って急いでバイクに乗った。
1時間半走らせた。海へ。
日が沈む前に着いた。ちらほらと人の姿もある。
良かった。海面は金色。きらきら。この世には美しさがあるって確認できた。
ずっと見ていたかったが、間もなく日は沈む。その前に。
波がヒザ下まで来るところまで進んだ。
ポケットからスマホを取り出し、夕日に向かって投げた。
一瞬の、僕にしか聞こえない小さな着水音。
もうどこへ行ったのかもわからない。台風がくれば、もっと沖の方まで、遠くへ遠くへ、あいつらを運んでくれるだろう。
大丈夫さ、僕は。大丈夫。
濡れた足のままバイクに乗り、明日を生きるために自宅に向かった。
裏返し
封筒が届いた。死んだ友人から。詩人の友人から。
封を切りなかみを出す。2枚の紙。
1枚目。僕に対する感謝の詩が並んでいた。抒情詩、というより叙事詩。まるで僕を英雄のように詠んでいる。もちろん彼なりのユーモア。死んだあとでも、僕の心を躍らせる。
2枚目。
愛の支柱 樫と思えど実はポプラ
ひ弱な力で屋根も傾く
すきま風がロマンスを枯らす
涙が明日を隠す
テーブルの上 レプリカのりんごひとつ
おいおい。僕は紙を裏返して机に置いた。
来週、彼を偲ぶ会に出る。どういう顔で、彼の妻に会えばいいのか。
1枚目で持ち上げ、2枚目で困らせる。きっと僕があたふたしてるのを、空から眺めて楽しんでいることだろう。まったく、彼にはいつもからかわれてばかりだ。
鳥のように
冬になると、時々遠回りをして車を走らせる。数年前にできた大きな橋を走るため。
橋の下には、冷たい川。その一角に白の集団。白鳥だ。シベリアから餌を求めて南下してくる。
別に、何か芸をするわけではない。ただ居るだけ。でも遠くからその姿をみるだけで、冬の風がゆったりしたように感じる。毎年の大事なお客さんだ。
運が良いと橋を走っているときに、飛んでいるのを見ることができる。リーダーを先頭に、見事なV字編隊だ。一羽の美しさだけでなく、チームワークの美しさも見られる。素晴らしい。
もっと運が良いと、ちょうどこちらの車の上を通過する時がある。15〜20メートルぐらいだろうか、こんなに近くを?と驚くぐらい間近で見られる時がある。
そしてその時思ったのは、お腹、結構汚れてるなあ、ということだ。
そりゃそうだ。水に潜り、足で泥をまさぐり餌を探す。彼らは生きるために来たのだ。あのお腹の泥は、生きている証だ。そう思うと、あの汚れさえも美しく感じる。
もっともがこう。ジタバタして泥をほじくり返して。でも顔だけはいつも笑顔で。
あの鳥たちのように。
サヨナラを言う前に
じゃあ、そういうことで。
あ、うん。
サヨナラ。 彼女は、微塵も余韻を残さず去っていった。
帰ろう。ヘルメットを被って自転車に乗った。
坂道がいつもより疲れたけど、なんとか家に着いた。
おう、おかえり。 7つ年上の姉が、ソファにあぐらをかいてアイスを食べていた。
うん。
ん?どした?なんかあった?
僕は無言で下を向いた。自然と涙が溢れてくる。床に落ちないよう、仕方なく上を向いた。
それから、振られたことを教えた。
ったく、あの女、可愛い弟を泣かせやがって。一発やってやろうか。
いや、いいから。大丈夫だから。
そうか。しょうがないな。まあ初恋はそういうものだから。
うん。
それで?振られる前に男らしくガツンと一言、言ってやったのか。
うん。
なんて?
……付き合おうって言ってきたのはそっちだろ、とか、たまに歯に海苔がくっついてるぞ、とか、たまに服が生乾きで臭うぞ、とか。実はそんなに好きじゃなかった、とか。
言ったのか?
うん。
本当に?
うん。
本当にか?
……本当は、言ってない。我慢した。
よし。 姉は僕を抱きしめ、荒々しく頭を
撫でた。
えらい。よく我慢した。それを言っちゃあ男がすたるからな。
うん、うん、と姉の胸で泣きながら、声にならない声で言った。
よし、よし、もうちょっとだけ、泣いていいぞ。そしたらな、着替えてこい。ラーメン食べに行こう。大盛りな。残すなよ。
うん。
少しして、顔を洗って着替えた。姉はすでに準備を終えて、カスタムしたハーレーダビッドソンに跨っている。
僕はヘルメットを被って後ろに乗った。
ちゃんとつかまっとけよ。
うん。あのさ。
ん?
姉ちゃんは何食べるの?
味噌チャーシュー。特盛りな。あと餃子とチャーハン。
マフラーが爆音を上げる。それとは対照的にゆっくりと丁寧に動き出す。姉ちゃんは僕とのタンデムのとき、走り出しがいつも優しい。