イオリ

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8/19/2024, 12:56:32 PM

空模様

 今の時代、たった数秒でどこの天気も知ることができる。北海道だろうが沖縄だろうが。

 それがいいことなのかどうかは、わからないけど。

 
 卒業してから3ヶ月が経つ。

 月に1度、第3日曜日。どちらからともなくメッセージを送り合っている。

 晴れ。そっちはどうだ?

 雨だよ。これから傘さして美容院。じゃ行ってくる。

 
 4ヶ月目のメッセージ。

 今月も晴れ。そっちは?

 雨。

 またか。大変だな。


 いつも通り、他愛ないやりとり。

 スマホをおいて、コーヒー片手にテレビをつける。

 ……あれ? ニュースで向こうも晴れって言ってるけど。

 ネットで調べると、やっぱり晴れだった。

 まさかと思い、先月、先々月の第3日曜日を調べてみると、送られてきた天気とは逆の天気だった。

 ルール違反、ということでもないが、初めて月に2回目のメッセージを送る。

 なあ、雨なのか。ニュースで晴れって言ってるけど。

 しばらくして。

 ……バレたか。

 なんだ?

 だって最初に逆に言ったとき、あっさりと信じたから。面白くなっちゃって。いつ、気づくかなと……。

 何だよそれは。

 ごめんね。あと、それから、賭けをしてたの。

 賭け?

 そう。もし、半年経っても気付かなかったら、言わずにおこうって。忘れようって。でも4ヶ月目で気づいてくれたから言うね。好きだったの。高校の時。

 突然の内容に固まった。でも急いで返した。

 俺もだ。

 良かった。……ええっと、どうしよ。

 
何と返していいか、こっちもまだ頭が整理できない。

 でも次は俺の番だ。

 
 来月も、逆の天気を言うつもりか?

 ん?さあ、どうでしょう。

 まあ、どっちでもいい。そっちに確かめに行く。

 ……うん。待ってる。

 

 

8/18/2024, 12:43:55 PM



 気に入らない日だった。

 帰宅して顔を洗う。汗は消えても、不快な気持ちは微塵も消えなかった。

 不機嫌な顔。洗面台の鏡に見慣れた顔が映っている。左右だけでなく、中身までも反対に写してくれたなら、さぞかし爽快な顔だったろうに。

 憤懣を抑えきれず、鏡にドライヤーを投げつけた。イメージよりも小さな衝撃音だった。

 散らばる破片。そのどれにも、さっきの不機嫌な顔が写っている。

 暴れたところで何も無い。しかめっ面が増えただけ。

 
 疲れ切った体で破片を拾い始めた。

 そんな顔で見るなよ。 俺は鏡の中の愚か者に言った。

 そもそも、俺は悪くない。悪いのはあいつだ。いつもあいつが悪い。

 あいつさえ……、あいつさえ居なければ……。

 4つ目の破片に手を伸ばしたとき、写っている顔が歪んでいるのに気付いた。今まで見たことのない笑み。悪意の笑み。

 ちょうど、あいつを消すすべを思いついたときだった……。

 

 
 

8/17/2024, 11:08:13 PM

いつまでも捨てられないもの

 0325。

 携帯電話を持ち始めたのは高校生の時だ。そこからしばらくして、スマホになったわけだが。

 携帯電話の時はそこまで多くなかったが、スマホになってからは、認証の機会が圧倒的に増えた。

 3月25日。初スマホに変えた当時の、彼女の誕生日。付き合ってくれと言うと、いいよ、と答えてくれた。

 その日に暗証番号を0325に変えた。

 
 あれからかなりの時間が過ぎた。

 あの人はどうしているのだろうか。もう顔もはっきりとは思い出せない。

 暗証番号を変えないのは、別に未練があるわけではない。忘れっぽい僕は、アレもコレも0325にしていた。要するに変えるのが面倒で……。

 けど、今日を機会に新しいものに変えてみようと思う。

 いや、変えるって言葉じゃ甘いな。捨てよう。0325をきっぱりと捨てよう。ふつう、暗証番号は『捨てる』とは言わないんだろうけど。

 でも捨てます。捨ててみせます。めんどくさがり屋の僕の何かが、変わるきっかけになればいいな。

 『捨てる』という言葉に、ちょっとだけ期待を乗せてみた、夏の朝。

 
 追記。

 台風一過、朝日ますます燦々と輝く。

 閉め切っていた窓を開け、空気を入れ替える。絶好の掃除日和なり。

 ホコリを払い、要らない本、要らない服、要らない暗証番号を捨てる所存で御座候。
 
 皆々様に置かれましても、良き朝日であらんことをお祈りして、残暑見舞いとさせていただきます。

8/16/2024, 6:27:25 PM

誇らしさ

 これ、どうしたの。  一緒に風呂に入ったじいちゃんの、背中の傷跡をみて訊いた。

 子供の頃、ちょっと怪我したんだ。  言ったのはそれだけだった。少し悲しそうな感じがしたので、それ以上は訊かなかった。


 次の日。傷のことをばあちゃんに訊いた。

 あれはね、兵隊の時の傷だよ、と言った。

 かなりの大怪我だったらしい。

 それでも死ななかったからね。帰ってきたからね。  ばあちゃんはしみじみと言った。

 あんまり訊かないでやってな、と付け加えて。

 ひどい記憶だから、思い出したくないんだろうな、とその時は思った。
 
 
 僕の祖父母世代は、戦争の世代だった。当時のことを孫に話す人もまだ多かった。

 でも思い返してみると、それまで僕は自分の祖父から、戦争の話をまったく聞いたことはなかった。

 あとになって思ったのだが、戦争の悲惨な話を聞かせて、僕を怖がらせたくなかったのではないかと思った。

 そう考えるようになってからは、なんとも言えない不思議な誇らしさを、自分のことのように感じながら、じいちゃんの背中を流した。

 

8/15/2024, 11:15:34 PM

夜の海

 山育ちの人間が海を見ると、なんと広いんだと開放的になる。それこそ、小さな悩みはまさに小さな悩みなのだと思わせてくれる。

 ただ、それは昼の海の話。

 静かな夜の海に来ると、その小さな悩みが視界の全てに広がっていくように思える。人も光も遮るものがなく、ただ広がっていく。気分転換にと浜辺を歩いても、いつの間にか悩みのことで頭がいっぱいになっている。

 
 何を悩んでいるの?  並んで歩く彼女の言葉。

 夜の海は悩みをとめどなく広げていく。でも、彼女のなんてことのないその言葉が、それを遮ってくれた。

 なにも。

 うそ。

 うん。でもいいんだ。今日は悩むのは終わり。明日にする。

 そう。  彼女が腕を絡める。

 ねえ、どこまで歩くの?

 そうだな。あそこの堤防まで。そしたら戻ろう。

 ちょっと遠くない?

 いや?

 ううん、いいよ。 

 
 季節が進んで夜風に涼しさを感じるようになってきた。彼女の手の温もりが、心地よくて優しい。

 

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