イオリ

Open App

サヨナラを言う前に

 じゃあ、そういうことで。

 あ、うん。

 サヨナラ。  彼女は、微塵も余韻を残さず去っていった。


 帰ろう。ヘルメットを被って自転車に乗った。

 坂道がいつもより疲れたけど、なんとか家に着いた。

 おう、おかえり。 7つ年上の姉が、ソファにあぐらをかいてアイスを食べていた。

 うん。 

 ん?どした?なんかあった?

 僕は無言で下を向いた。自然と涙が溢れてくる。床に落ちないよう、仕方なく上を向いた。

 それから、振られたことを教えた。

 ったく、あの女、可愛い弟を泣かせやがって。一発やってやろうか。

 いや、いいから。大丈夫だから。

 そうか。しょうがないな。まあ初恋はそういうものだから。

 うん。

 それで?振られる前に男らしくガツンと一言、言ってやったのか。

 うん。

 なんて?

 ……付き合おうって言ってきたのはそっちだろ、とか、たまに歯に海苔がくっついてるぞ、とか、たまに服が生乾きで臭うぞ、とか。実はそんなに好きじゃなかった、とか。

 言ったのか?

 うん。

 本当に?

 うん。

 本当にか?

 ……本当は、言ってない。我慢した。

 よし。 姉は僕を抱きしめ、荒々しく頭を
撫でた。

 えらい。よく我慢した。それを言っちゃあ男がすたるからな。

 うん、うん、と姉の胸で泣きながら、声にならない声で言った。

 よし、よし、もうちょっとだけ、泣いていいぞ。そしたらな、着替えてこい。ラーメン食べに行こう。大盛りな。残すなよ。

 うん。

 少しして、顔を洗って着替えた。姉はすでに準備を終えて、カスタムしたハーレーダビッドソンに跨っている。

 僕はヘルメットを被って後ろに乗った。

 ちゃんとつかまっとけよ。

 うん。あのさ。

 ん?

 姉ちゃんは何食べるの?

 味噌チャーシュー。特盛りな。あと餃子とチャーハン。  
 
 
 マフラーが爆音を上げる。それとは対照的にゆっくりと丁寧に動き出す。姉ちゃんは僕とのタンデムのとき、走り出しがいつも優しい。
 

 

8/20/2024, 12:44:55 PM