イオリ

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6/25/2024, 10:16:10 PM

繊細な花

 じゃあ君はこっち。玄関前に。

 はい。

 それで君はあっちの塀の前に。

 うん。わかった。

 じゃあまずは玄関から。ここの空いてるスペースに君を植えます。

 はい。お願いします。

 うんしょ。うんしょ。よし。水をたっぷりあげて……。完成。これからよろしくね。じゃあ次は塀の方へ。

 うんしょ。うんしょ。よし。水をたっぷりあげて……。完成。これからよろしくね、芙蓉さん。

 は?おれ、木槿(ムクゲ)だけど。

 え?

 よく見ろよ、雌しべがまっすぐだろ。

 あ、ほんとだ。

 芙蓉のやつは、うえに曲がっているはずだぜ。

 僕は、慌てて玄関に走る。雌しべは……。上に向いて曲がっている。
 
 あの、君、お名前は?

 え、あの、私、芙蓉ですけど……。

 そ、そうか。

 なにかありました?

 い、いや別に。ちなみに君の花言葉は?

 繊細な美、です。

 そ、そうか。

 あの、なにか?

 いや。ちなみになんだけど、木槿くんの花言葉知ってるかい?

 繊細な美、だったと思います。

 そ、そうか。えぇっと。とにかくこれからよろしくね。

 僕はまた慌てて塀の方へ戻った。

 

 間違えたんだな。 木槿の花が言う。

 ご、ごめん。だって君たちそっくりだから。

 ったく。今更文句言ってもしょうがない。まあ、これからいろいろ頼むぜ。

 は、はい。

 とりあえず、腹減ったから、栄養満点の肥料もらえる?3丁目のホームセンターで売ってるやつ。高い方の。

 わ、わかりました。

 ちゃんと2人分な。俺たち、間違えられてちょっと傷付いたから。繊細だから。

 はい。ごめんなさい。すぐに買ってきます。
 

6/24/2024, 10:56:12 PM

1年後
 
 1年経っても変わらないものもある。なんていうと、ちょっときれいなフレーズに聞こえるけど、それがいいのか悪いのか。

 一年草を植えた。アサガオ、パンジー。でも、一年草と言っても一年は保たないよね。一時期だけ咲いて枯れたら終わり。あとは別のに植え替え。悲しいなあ。

 じゃあ多年草を植えよう。クリスマスローズ、ガザニア、シバザクラ。年を越しても生きていてくれる。良かった良かった。

 あれ?でも多年草って言っても、花が咲いてる時と咲いてない時があるんだよなあ。咲いてない庭はやっぱり寂しい。

 となると、季節ごとに一年草を植え替えたほうがいいのかな。そうすれば一年中、庭で花が咲いているから。

 さてさて、どうしようか。


 なんてことを、1年前にも考えた気がする。

 たぶん、1年後にもおんなじ事考えてるんだろうなあ。

6/23/2024, 10:11:00 PM

子供の頃は

 パチッと、あえて音を立てて駒を置く。

 年上の彼女が歩を滑らせて動かす。

 僕はまた、パチッと音を鳴らして駒を置く。

 
 部屋を掃除していたら、子どもの時に遊んでいた将棋盤が出てきた。ルールは知っていると彼女が言うので、久しぶりに触ってみたところだ。

 ねえ、なんでそんなふうに音がするの?

 ふふっ、と僕は得意げに笑い、

 僕は選ばれた人間だからね、と言った。

 そういうのいいから。 彼女がまた滑らせて駒を動かす。

 練習したから。僕も子どもの頃は、そういうふうに動かしてたよ。あと親指と人差指で摘んで。でもかっこよくないから練習したんだ。ほら、と言ってゆっくりやってみせた。

 飛車を人差し指、中指、薬指の三本指で摘み上げ、駒下を親指で軽く支えたあと、人差し指を下に潜らせて中指とサンドイッチする。盤上に角度をつけて置く。パチッといい音が響いた。

 近年はスマホのアプリでやるばっかりだったので、この感触は本当に久々だ。やっぱり実物はいいな。駒に命を感じる。

 いいねえ、かっこいいねえ。 彼女が2本指で角を摘み上げる。

 クックック。素人め。その所作が不作法だというのだよ、と心のなかで密かに嘲笑う。

 王手ね。

 え。

 あ、違う。王手飛車取りね。

 え。あっ。え?

 もう詰んだでしょ。私の勝ちね。

 え? あ、あれ?ま、待って。それ待って。

 こらこら。男でしょ、待ったなし。カッコつけるところ違うんじゃないの? 彼女が笑顔で言う。

 ……参りました。

 

6/22/2024, 10:46:29 PM

日常

 海自の機雷掃海のニュースを見た。機雷とは海の地雷。

 機雷の処理には2種類ある。掃討と掃海。

 掃討は、探知機でみつけて、水中無人機で処理する。

 掃海は、感応機雷が艦船に反応して爆発する、という特性に対して、艦船を模擬して自爆させる方法。模擬してというのは、艦船が通ったよ、と機雷を騙して、ということ。

 この場合、感応機雷が磁気に反応することから、非磁性の素材で艦船が作られる。要するに、隊員は鉄の船ではなくプラスチックの船で近づくのだ。以前は木造の船で作業していたが、腐食の点から移行したらしい。

 何が言いたいかというと、とても危険な任務だ、ということだ。機雷にも多々種類がある。それに対応した処理方法を準備しておかなくてはならない。一朝一夕でできるものではない。

 機雷処理の訓練を十全にしているぞ、とアピールすることで、日本に機雷を仕掛けることが無駄だと相手に知らせることができる。

 僕たちが日々安心して過ごせるのは、自衛隊員が危険な任務を担ってくれているからだ、ということを忘れてはならない。

 日本は、戦争や自衛隊の話をすると、あの人、危険な人かも、という雰囲気があるが、そんなのは日本だけだ。現実を見ようとしない人たちが多すぎた。そういう世代が確かにあった。

 もし自分の日常がとても順調だったとしても、こういうことを全く意識せずに、はしゃいでいたら、とっても間抜けな人生なんだろうな、と思う。うわべだけの空っぽの日常。そんなのダサいよね。
 

6/21/2024, 12:18:19 PM

好きな色

 10代の頃、これは恋だ、と思っていたものが、大人になって振り返ってみると、そういうことでもなかったかも、と思い出すことがたまにある。恋に恋してる、というやつだったと。まあ恋ってそういうものだ、とも言えるかもしれないけど。とにかく、周りに構わず、前のめりにぶつかった。そういう時期が確かにあった。

 
 青の絵の具と赤の絵の具。それぞれを点として隣同士に置く。それを距離をおいて遠くから眺める。すると、それぞれの点の輪郭線がぼやけて見えて、ぼやけた部分同士が混じり合い、紫の点に見える。点描法という描き方の基本理論だ。

 近くでは純粋な青、純粋な赤。でも離れてみれば1つの紫に。

 青が好きだ、赤が好きだと若者は声高に言うだろうが、大人には大して違いはない。結局どっちも別の同じ色に見えてくる。年を取るとそうなるのさ。

 老眼って意味じゃないよ。心がって意味。何かを前にしても、情熱を持って前のめりに向き合う気力が薄れていく。そういうものか、と遠くから眺めて終わり。近づこうともしない。

 ううむ、いかん。いかんな。

 まだ杖をつく年じゃない。意識的に情熱を燃やそう。好きな色を探しに行こう。自分がこれが好きな色だ、と思ったならそれでいいんだ。全力でその色を抱きしめろ。離れた人間から何色に見えようが知ったことか。



 

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