イオリ

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5/21/2024, 10:58:09 PM

透明

 晴れた日に、窓拭きをした。

 ホームセンターで買った窓拭きグッズで磨いてみたが、どうにも納得がいかない。

 それなりに汚れは取れるのだが、ピッカピカというわけではない。どうしても拭いた跡が残る。くやしい。

 ただ、透明すぎるのも考えものだ。実家の窓はいつもピッカピカ。そのせいか、つばめが激突してきたことが何度かあった。

 透明だからって何もないわけじゃないんだよな。

 
 言葉には色が無い。おはよう、も、ごめんなさい、も目には見えない。色がついて無いからかな。

 でも存在しないわけじゃない。

 だから、あなたのありがとう、も、僕のありがとう、も、見えないけど、ちゃんとある。

 
 

5/20/2024, 10:14:23 PM

理想のあなた

 キラキラの朝日を見つけ、我慢できずにランニングシューズを履いて家を飛び出した。

 2年ぶりのシューズだが、違和感はない。軽くアップをしてから細い道を歩き出す。コンビニ脇を抜け、公民館の広い駐車場へ。ここで改めて準備運動をして、いざ走り出す。

 広い歩道の一本道だ。両側には水田がある。風が吹くと、波立つ水面に朝の日差しが乱反射し、ここでもキラキラが溢れ出す。自然と走るスピードも上がってくる。

 大きな交差点までたどり着くとUターンして公民館に戻る。それを2回繰り返した。

 ラストにしようと、3周目をスタートした。それまでよりも1番速く、力強く腕を振った。昨日までの心の痣を置き去りにするぐらい。

 交差点にたどり着く。息を切らしながら振り返る。と、

 なんと、

 街の数十匹の猫ちゃんが僕の後をつけてきていた。

 なんだ君たち、みんな集まって来ちゃったのか。

 よし、じゃあ最後の直線、公民館までみんなで競争だ。

 僕が右腕を掲げながら言うと、みんなも一斉に、

 にゃー、と右手を上げた。

 足としっぽを踏まないように慎重に走り出す。無数のにゃー、の鳴き声を伴い、光の中をランニング。

 理想の朝。最高の朝。

 

 

5/19/2024, 9:42:38 PM

突然の別れ

 同期が海外支店へ。周囲からのおめでとうに、笑顔で礼を返す。その様子を僕はなんとも言えない気持ちで見ていた。

 発表の数日前に二人で呑んだ。僕はその時に知らされた。周りの人間と同じ様に、おめでとうを言ったはず。だが、彼の表情はイマイチ浮かないものだった。

 実は会社にばれてな、と彼は言った。

 不倫だ。部下との。

 彼はいわゆるできる奴だ。家庭もある。ただ、会社側としては知ってしまった以上、何らかの対応をしなければならない。できるだけ穏便な。

 その結果が、昇進というかたちで海外赴任へ、ということらしい。

 奥さんには?

 話した。離婚はしない。子供のためだと泣きながら言われた。

 その、相手とは。

 別れた。さすがに。

 そうか。向こうには。

 ひとりで行く。

 そうか。 とだけ言った。

 そこからしばらく無言が続いた。グラスに口をつけることも無く。


 店内の客が引き始めたところで、

 俺達も出るか。 と彼が口を開いた。

 頷き僕らも店を出た。

 じゃあな、と彼が言う。あっさりとした挨拶だった。

 じゃあ。とだけ返した。

 離れていく背中に、頑張れよ、と声に出さずにエールを送った。

5/18/2024, 11:42:33 AM

恋物語

 春の風が告げたけど、わからなかった。自分のことで精一杯で。

 夏の日差しは、勇気をくれた。その想いは間違いじゃないって。

 秋の夕日が見せてくれた。ふたりが並ぶと、影もルンルン歩くって。

 冬の空に涙した。繋いだ手がほどけたら、温もりがすぐに消えてしまって。


 ってことを、僕はずっとノートに書いていた。

 だからだ。

 所詮、紙の上。簡単に破れてゴミ箱行き。

 だから、僕の恋はペラッペラ。

 もし次に恋があったら、その物語はコンクリートの壁にでも刻もう。もしくは、豆腐のような脳みそに。これなら消えることはないだろうから。

5/17/2024, 12:01:03 PM

真夜中

 大学生の頃。
 
 引っ越しして初めての真夜中の散歩。コンビニに行くだけなのに、少しドキドキした。

 道のりは闇だ。だが、完全な闇というわけではない。外灯や途中の家々から漏れるわずかな光を頼りに、歩を進める。

 目的地まであと少しのところで、ふと気付いた。右手側にある一軒の家。よく見るとアールデコ調の外観で、入口の両脇は大きな窓ガラスがはまっている。どうやらアンティークショップらしい。

 何度か通っていた道ではあったが、今まで全く気づかなかった。普通の住宅だと思いこんでいた。

 どんな店なんだろう。今度行ってみようかな、などとワクワクしながら散歩を再開した。

 
 ある日の日中、あの店に行ってみようと足を向けた。

 店の前からちらっと中に目を向けると、当然、真夜中よりもはっきり見えた。皿や陶器のティーポット、西洋人形やおしゃれなデザインの家具などがあるように見えた。

 が、不思議なもので、店内に入ってみようという気持ちが何故か湧いてこなかった。

 散歩のときはあんなにワクワクしたのに。

 中が見えちゃったからだろうか。

 真夜中の散歩のワクワクが、一つなくなってしまったかな、と思った出来事でした。

 ちなみに僕はアンティーク等は全くの門外漢です。なので普通はワクワクするはずないのです。

 真夜中の不思議ですね。

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