透明
晴れた日に、窓拭きをした。
ホームセンターで買った窓拭きグッズで磨いてみたが、どうにも納得がいかない。
それなりに汚れは取れるのだが、ピッカピカというわけではない。どうしても拭いた跡が残る。くやしい。
ただ、透明すぎるのも考えものだ。実家の窓はいつもピッカピカ。そのせいか、つばめが激突してきたことが何度かあった。
透明だからって何もないわけじゃないんだよな。
言葉には色が無い。おはよう、も、ごめんなさい、も目には見えない。色がついて無いからかな。
でも存在しないわけじゃない。
だから、あなたのありがとう、も、僕のありがとう、も、見えないけど、ちゃんとある。
理想のあなた
キラキラの朝日を見つけ、我慢できずにランニングシューズを履いて家を飛び出した。
2年ぶりのシューズだが、違和感はない。軽くアップをしてから細い道を歩き出す。コンビニ脇を抜け、公民館の広い駐車場へ。ここで改めて準備運動をして、いざ走り出す。
広い歩道の一本道だ。両側には水田がある。風が吹くと、波立つ水面に朝の日差しが乱反射し、ここでもキラキラが溢れ出す。自然と走るスピードも上がってくる。
大きな交差点までたどり着くとUターンして公民館に戻る。それを2回繰り返した。
ラストにしようと、3周目をスタートした。それまでよりも1番速く、力強く腕を振った。昨日までの心の痣を置き去りにするぐらい。
交差点にたどり着く。息を切らしながら振り返る。と、
なんと、
街の数十匹の猫ちゃんが僕の後をつけてきていた。
なんだ君たち、みんな集まって来ちゃったのか。
よし、じゃあ最後の直線、公民館までみんなで競争だ。
僕が右腕を掲げながら言うと、みんなも一斉に、
にゃー、と右手を上げた。
足としっぽを踏まないように慎重に走り出す。無数のにゃー、の鳴き声を伴い、光の中をランニング。
理想の朝。最高の朝。
突然の別れ
同期が海外支店へ。周囲からのおめでとうに、笑顔で礼を返す。その様子を僕はなんとも言えない気持ちで見ていた。
発表の数日前に二人で呑んだ。僕はその時に知らされた。周りの人間と同じ様に、おめでとうを言ったはず。だが、彼の表情はイマイチ浮かないものだった。
実は会社にばれてな、と彼は言った。
不倫だ。部下との。
彼はいわゆるできる奴だ。家庭もある。ただ、会社側としては知ってしまった以上、何らかの対応をしなければならない。できるだけ穏便な。
その結果が、昇進というかたちで海外赴任へ、ということらしい。
奥さんには?
話した。離婚はしない。子供のためだと泣きながら言われた。
その、相手とは。
別れた。さすがに。
そうか。向こうには。
ひとりで行く。
そうか。 とだけ言った。
そこからしばらく無言が続いた。グラスに口をつけることも無く。
店内の客が引き始めたところで、
俺達も出るか。 と彼が口を開いた。
頷き僕らも店を出た。
じゃあな、と彼が言う。あっさりとした挨拶だった。
じゃあ。とだけ返した。
離れていく背中に、頑張れよ、と声に出さずにエールを送った。
恋物語
春の風が告げたけど、わからなかった。自分のことで精一杯で。
夏の日差しは、勇気をくれた。その想いは間違いじゃないって。
秋の夕日が見せてくれた。ふたりが並ぶと、影もルンルン歩くって。
冬の空に涙した。繋いだ手がほどけたら、温もりがすぐに消えてしまって。
ってことを、僕はずっとノートに書いていた。
だからだ。
所詮、紙の上。簡単に破れてゴミ箱行き。
だから、僕の恋はペラッペラ。
もし次に恋があったら、その物語はコンクリートの壁にでも刻もう。もしくは、豆腐のような脳みそに。これなら消えることはないだろうから。
真夜中
大学生の頃。
引っ越しして初めての真夜中の散歩。コンビニに行くだけなのに、少しドキドキした。
道のりは闇だ。だが、完全な闇というわけではない。外灯や途中の家々から漏れるわずかな光を頼りに、歩を進める。
目的地まであと少しのところで、ふと気付いた。右手側にある一軒の家。よく見るとアールデコ調の外観で、入口の両脇は大きな窓ガラスがはまっている。どうやらアンティークショップらしい。
何度か通っていた道ではあったが、今まで全く気づかなかった。普通の住宅だと思いこんでいた。
どんな店なんだろう。今度行ってみようかな、などとワクワクしながら散歩を再開した。
ある日の日中、あの店に行ってみようと足を向けた。
店の前からちらっと中に目を向けると、当然、真夜中よりもはっきり見えた。皿や陶器のティーポット、西洋人形やおしゃれなデザインの家具などがあるように見えた。
が、不思議なもので、店内に入ってみようという気持ちが何故か湧いてこなかった。
散歩のときはあんなにワクワクしたのに。
中が見えちゃったからだろうか。
真夜中の散歩のワクワクが、一つなくなってしまったかな、と思った出来事でした。
ちなみに僕はアンティーク等は全くの門外漢です。なので普通はワクワクするはずないのです。
真夜中の不思議ですね。