愛があれば何でもできる?
ここで踊ってみて。 真夜中の歩道橋で年上の彼女が言った。
僕はよろっとしながら一回転した。
続けて、
あそこの交番のおまわりさんがこっち見るぐらい、大声で愛してるって言って。
僕は目一杯、夜の空気を吸い込んで、愛してる、と叫んだ。
次いで、
あの1番キラキラしてる星、取ってきて。
僕は屈伸運動してから、助走をつけてジャンプした。隣のビルを飛び越えて雲を突き破り、宇宙へ。ぐっと手を伸ばす。もう少し、もう少し。
……ってところで目覚ましが鳴ってさ、と駅前でハンバーガーを食べながら年上の彼女に話した。
あのさ、あなたの中の私って、そういうイメージなの?
そ、そんなこともないけど。
ふうん。まあいいけどさ。でも星は無理でも、愛してる、はできそうじゃない?
え?ど、どうかな。おまわりさんの仕事の邪魔したら悪いし。
できないの?
どうだろう。その時になってみないとなんとも……。
私はできるよ。
え?
お手本見せようか?なんなら今ここで。 彼女がすっと立ち上がる。
待って。わかった。わかったから。お手本なくてもわかるから。
あら、そう。 彼女が笑顔を浮かべながら座った。
楽しみだなぁ。ねぇ、いつ言ってくれるの?
ええっと。 僕は渇いた喉をコーラで潤した。
健康診断が終わってからでいいですか。コンディションを整えてからじゃないと……。
はい、いいですよ。 今年1番のいじわるな声で彼女が言った。
後悔
思いつく限りの後悔を、ふぅっと風船に込めて膨らましてみた。夏風に乗って遠くへ飛んでしまえばいいなって思って。
あれもこれも。学生の時の。友達との。両親に対しての。好きになったあの人との。
全部、全部詰め込もう。体の中から全部出してしまおう。
そんなふうに頑張ったら、膨らみすぎて割れちゃった。
あーあ、ここでも失敗か。
結局、周りに負の感情をまき散らしちゃった。
やっぱりさ、後悔をためすぎると悪いことしかないね。
風に身をまかせ
なにか贈ったの?と、年上の彼女が訊いてきた。母の日について、だ。
贈った。花。
あら、意外。そういうのちゃんとやれるんだ。
大人だからね。贈った?
もちろん。奮発して五千円の花束。
すごい。
そっちはなんの花?
知らない。
はい?カーネーション?
カーネーションは知ってる。けどそれじゃなかった。
じゃあなに?
知らない。千円の花。オレンジ色の。
知らないって……。なんでその花選んだの?
どれがいいか見てたら、別の客が来て自動ドアが開いたんだ。その時、風が吹いてさ、みんな揺れたんだよ、お店の花。だけどあんまり揺れなかったのがあってさ、それにした。
なんで?
さあ、なんとなく。風のお告げ?
ふうん。まあいいけど。お母さん、喜んだ?
それがさ、あんたこの花好きなの?っていうんだよ。
どういうこと?
去年のと全く同じ花だったらしい。
……来年は一緒に買いに行きましょ。ちゃんと考えて選んで買うの。大人だからね。
失われた時間
公職の不祥事であとから文書が公開されることがあるが、それらは必ずと言っていいほど黒塗りの部分がある。
大抵は、国家の秘密保持または人権に配慮して、という理由だがなんのことはない。不都合を隠しているに過ぎない。
それらの事象を無くすことはできないが、決して有意義なものではない、という意味で、黒塗り部分は、失われた時間の結晶と言っていいかもしれない。
仮にだが、黒ではなく別の色ならどうなるだろう。そもそも、黒は暗く後ろめたいイメージを象徴することが多いはず。それをわざわざ使用するのは、嫌悪感がさらに倍増するだけなのではないか。
日本人が好きな色第一位は、水色らしい。爽やか、清々しい、透明感がある、といったところなのだろう。
黒塗りを水色塗りにしてみたら、と想像してみた。確かにずっと爽やかになるような気がする。罪さえも少し軽くなるような、そんなイメージだ。
まあ現実には、自体を甘く見ているのか、との批判が殺到するので、強いおすすめはできないが。
失われた時間とは少し異なるかもしれないが、忘れたい過去、というのはある。嫌な過去だ。忘れたくてもなかなか消えてくれない。
そういえば、脳裏にその過去が浮かぶとき、黒っぽい映像な気がする。
もし次に浮かんだときは、水色補正をかけてみようかな。メランコリーな気持ちが、いくらか薄れてくれるかもしれない。
子供のままで
大人になってもプラモデルが好きで、ゲームが好きで。流行りものは必ず食指が動く。仕事そっちのけで遊びに生きる。
僕はこち亀の両さんが大好きだ。子供の頃はそんなでもなかったけど、大人になってから、両さんの凄さがわかるようになった。
自分が関心を持ったものはトコトン突きつめる。あのバイタリティは見事だ。両津一族は百歳を超える猛者がたくさんいるのだが、みな両さんに負けないほどアグレッシブな性格だ。あんなふうに生きられたら、と今でも憧れる。
たまにだが、子供時代の話をする回がある。坊主頭の両さんだが、中身はいつもの両さんそのものだ。破天荒だが情に厚い。トン・チン・カンの三人のヤンチャ小僧が昔の浅草を走り回るのだが、これがとても楽しい。当時はこんなだったのだろうな、とノスタルジーを感じさせてくれる。
両さんは警察官だが、ありとあらゆる副業をやっている。最後の方は寿司屋になっていた。当然公務員は副業はまずいのだが。
そんな常識を簡単にぶち破る両さんに僕はなりたい。