イオリ

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5/16/2024, 12:20:05 PM

愛があれば何でもできる?

 ここで踊ってみて。 真夜中の歩道橋で年上の彼女が言った。

 僕はよろっとしながら一回転した。

 続けて、 

 あそこの交番のおまわりさんがこっち見るぐらい、大声で愛してるって言って。

 僕は目一杯、夜の空気を吸い込んで、愛してる、と叫んだ。

 次いで、

 あの1番キラキラしてる星、取ってきて。

 僕は屈伸運動してから、助走をつけてジャンプした。隣のビルを飛び越えて雲を突き破り、宇宙へ。ぐっと手を伸ばす。もう少し、もう少し。

 
 ……ってところで目覚ましが鳴ってさ、と駅前でハンバーガーを食べながら年上の彼女に話した。

 あのさ、あなたの中の私って、そういうイメージなの?

 そ、そんなこともないけど。

 ふうん。まあいいけどさ。でも星は無理でも、愛してる、はできそうじゃない?

 え?ど、どうかな。おまわりさんの仕事の邪魔したら悪いし。

 できないの?

 どうだろう。その時になってみないとなんとも……。

 私はできるよ。

 え?

 お手本見せようか?なんなら今ここで。 彼女がすっと立ち上がる。

 待って。わかった。わかったから。お手本なくてもわかるから。

 あら、そう。 彼女が笑顔を浮かべながら座った。

 楽しみだなぁ。ねぇ、いつ言ってくれるの?

 ええっと。 僕は渇いた喉をコーラで潤した。

 健康診断が終わってからでいいですか。コンディションを整えてからじゃないと……。

 はい、いいですよ。 今年1番のいじわるな声で彼女が言った。

 

 

5/15/2024, 11:55:45 AM

後悔

 思いつく限りの後悔を、ふぅっと風船に込めて膨らましてみた。夏風に乗って遠くへ飛んでしまえばいいなって思って。

 あれもこれも。学生の時の。友達との。両親に対しての。好きになったあの人との。

 全部、全部詰め込もう。体の中から全部出してしまおう。

 そんなふうに頑張ったら、膨らみすぎて割れちゃった。

 あーあ、ここでも失敗か。

 結局、周りに負の感情をまき散らしちゃった。

 やっぱりさ、後悔をためすぎると悪いことしかないね。

 
 
 

5/14/2024, 1:02:26 PM

風に身をまかせ

 なにか贈ったの?と、年上の彼女が訊いてきた。母の日について、だ。

 贈った。花。

 あら、意外。そういうのちゃんとやれるんだ。

 大人だからね。贈った?

 もちろん。奮発して五千円の花束。

 すごい。

 そっちはなんの花?

 知らない。

 はい?カーネーション?

 カーネーションは知ってる。けどそれじゃなかった。

 じゃあなに?

 知らない。千円の花。オレンジ色の。

 知らないって……。なんでその花選んだの?

 どれがいいか見てたら、別の客が来て自動ドアが開いたんだ。その時、風が吹いてさ、みんな揺れたんだよ、お店の花。だけどあんまり揺れなかったのがあってさ、それにした。
 
 なんで?

 さあ、なんとなく。風のお告げ?

 ふうん。まあいいけど。お母さん、喜んだ?

 それがさ、あんたこの花好きなの?っていうんだよ。

 どういうこと?

 去年のと全く同じ花だったらしい。

 ……来年は一緒に買いに行きましょ。ちゃんと考えて選んで買うの。大人だからね。

5/13/2024, 12:08:29 PM

失われた時間

 公職の不祥事であとから文書が公開されることがあるが、それらは必ずと言っていいほど黒塗りの部分がある。

 大抵は、国家の秘密保持または人権に配慮して、という理由だがなんのことはない。不都合を隠しているに過ぎない。

 それらの事象を無くすことはできないが、決して有意義なものではない、という意味で、黒塗り部分は、失われた時間の結晶と言っていいかもしれない。

 仮にだが、黒ではなく別の色ならどうなるだろう。そもそも、黒は暗く後ろめたいイメージを象徴することが多いはず。それをわざわざ使用するのは、嫌悪感がさらに倍増するだけなのではないか。

 日本人が好きな色第一位は、水色らしい。爽やか、清々しい、透明感がある、といったところなのだろう。

 黒塗りを水色塗りにしてみたら、と想像してみた。確かにずっと爽やかになるような気がする。罪さえも少し軽くなるような、そんなイメージだ。

 まあ現実には、自体を甘く見ているのか、との批判が殺到するので、強いおすすめはできないが。

 失われた時間とは少し異なるかもしれないが、忘れたい過去、というのはある。嫌な過去だ。忘れたくてもなかなか消えてくれない。

 そういえば、脳裏にその過去が浮かぶとき、黒っぽい映像な気がする。

 もし次に浮かんだときは、水色補正をかけてみようかな。メランコリーな気持ちが、いくらか薄れてくれるかもしれない。
 

5/12/2024, 9:58:12 PM

子供のままで

 大人になってもプラモデルが好きで、ゲームが好きで。流行りものは必ず食指が動く。仕事そっちのけで遊びに生きる。

 僕はこち亀の両さんが大好きだ。子供の頃はそんなでもなかったけど、大人になってから、両さんの凄さがわかるようになった。

 自分が関心を持ったものはトコトン突きつめる。あのバイタリティは見事だ。両津一族は百歳を超える猛者がたくさんいるのだが、みな両さんに負けないほどアグレッシブな性格だ。あんなふうに生きられたら、と今でも憧れる。

 たまにだが、子供時代の話をする回がある。坊主頭の両さんだが、中身はいつもの両さんそのものだ。破天荒だが情に厚い。トン・チン・カンの三人のヤンチャ小僧が昔の浅草を走り回るのだが、これがとても楽しい。当時はこんなだったのだろうな、とノスタルジーを感じさせてくれる。

 両さんは警察官だが、ありとあらゆる副業をやっている。最後の方は寿司屋になっていた。当然公務員は副業はまずいのだが。

 そんな常識を簡単にぶち破る両さんに僕はなりたい。
 

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