ブランコ
挨拶にも応じない。自分の名前も住所も答えない。貝のように口を閉ざす。完全黙秘の容疑者。
もし僕が名刑事だったら。
固いパイプ椅子じゃなくて、公園のブランコに座らせよう。
最初は地面に足を着けて、じっと座っているだけかもしれない。でもきっとそのうち、膝を伸ばしたり戻したりをし始めるはずだ。だってブランコに座っているんだから。
次の日には、ちょっとだけ鎖を短くしちゃおう。足が地面にくっついているより、ちょっと離れそうなくらいのほうが、ゆらゆらしたい気持ちになりやすいはず。
その次の日には、僕も隣のブランコに座っちゃおう。本気を出せば、高くまで漕げるけど、そこまでは必要ない。のんびり、リラックス。ゆらゆら、ゆらゆら。きっと容疑者もつられてゆらゆら、ゆらゆら。
その次の次の日くらいには、岩のように固まった体が、足元からゆらゆら、ゆらゆら、ほぐれてく。コンクリートでできていた口元も、プリンのようにゆらゆら、ゆらゆら、柔らかくなっているはず。
その次の次の次の日くらいになったら、沈む夕日を並んで見ながら、刑事さん、自分がやりました、ってなるはず。よし。
身心一如。心と体は表裏一体。心が揺れづらいなら、体から揺らそう。悪者は絶対許さないぞ。
旅路の果てに
せっかくなら、他の人とは違う道を歩いてみようと思った。雪が降った翌朝、最初の足跡をつける時は、何歳になってもワクワクするからね。
けど、なかなかそうはいかない。歩くのはいつだって、誰が作った道だったし、自分の足跡は、いつも誰かの足跡に重なっていた。
いつまで歩いてもそうだった。
どこまで歩いてもそうだった。
結局、最初の足跡をつけることなく歩みを止めた。
しおれるように肩を落とす。しばらく、ただ漠然と立っていた。
遠くから声が聞こえた。後ろから。残り少ないエネルギーを振り絞って、振り返った。人影が見えた。何人か。いや、何人もか。ゆっくりと、こちらの方向に向かっているようだった。
行先を迷っている様子はない。
ありきたりな私の足跡も、彼らのガイドブックになったのかな。そうならいいな。そうならいい。
あなたに届けたい
警備室でカメラの映像をチェックした。広い邸をふたりの子供が走り回っている。
探していた瞬間が訪れた。あとを走っていた子供が花瓶台にぶつかった。ピンクの花をいけたガラスの花瓶が、落ちて砕けた。子供達は、少し呆然と眺めたあと、走り去っていった。
邸の主に映像を見せた。カメラを確認してくださいと言われたことから、子供達は話していないのだろうとわかった。
やれやれ、眉をひそめて主はいった。高そうな花瓶だった。
保険が効くかもしれませんよ、と言ってみた。が、主の懸念は別のものだった。
可愛い我が子を叱らねばならない。お金の問題ではない。もっと大事ものを伝えなければならない。そういうことなのだろう。
お子さん、いましたよね。こういう時、どうすればいいんでしょう。主が私に訊いてきた。雇い主に対して気が引けたが、彼は率直な答えが聞きたいだろうと感じた。
怒鳴らないほうがいい、といった。それから、できるだけ悲しい顔をして話してください、と。あの子達は、素直ないい子です。あなたの悲しい顔を見れば、きっとあなたの思いは伝わりますよ、と。
I LOVE...
仕事終わりで疲れていた。帰りの電車でふたり並んで座った。
しばらくすると、年上の女上司が僕の肩に頭をのせた。小さな寝息が聞こえる。そのまま構わずに、僕も静かに目を閉じた。
二駅ほど進んだところで、車輌が軽く揺れた。同時にふたりとも目を覚ました。
ごめんなさい、さっきまで自分の頭をのせていた僕の肩を、彼女が慌てて手で拭った。
いえ、大丈夫ですと僕はいった。
そこからもう一駅超えたところで、再び肩に重さを感じた。ちらっと目を向けた。彼女の顔がある。今度は目は開いたままだった。
大丈夫なんだ、彼女が小声でいった。
うん、大丈夫と僕はいった。
街へ
初デートだ。とびっきりのレストランを予約しよう。さて、どこにするか。
ネットで口コミを見た。参考になるような、ならないような。どれもそんな感想で終わった。
仕方ない。実際に街へ足を運んだ。
ひっそりと地下道に入った。誰もいないのを確認し、靴底で地面を2回叩いた。
すぐさま、四方八方から街中のネズミが集まってきた。皆こちらの顔をじっと見つめている。
この街で一番のレストランを教えてくれ。そういうと一斉に向きを変え、先導態勢をとった。
いくつかの集団に分かれたが、一番数の多い集団を選んであとに続いた。
彼らは正直だ。飾った人の声より価値がある。