22時17分

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2/14/2025, 9:54:24 AM

そっと伝えたい言葉がある。
飴玉を舐めているように、やがて口の中で溶けて欲しかったのだが、相手は気づく素振りがない。
声をかけることにした。

「あの」
「はい」
「その」
「……」
「なんというか」
チラリと下方面に目を向けた。相手は真下の地面に目を落とす。
「言いにくいことなんですけど」
「ああ……」と言って、何もしない。
その後。
誰も言わないからいいますけど。いや、できれば言いたくない、かな。ええい! 言ってしまえ!
……チャック開いてますけ「でしょうね」

そう言うと相手はさっと上げた。スタッカートみたいに素早い。
いや気づいてんならやれよ。「ああ……」の時点でやれよ。ちなみにこれは実話である。転職活動のコミュ力増強講座をしていた最中に起きたことである。トイレ休憩中なことである。廊下である。冷たかった長年の謎である。
なんで待ったんだよ、ってよくわかんない。

2/13/2025, 9:28:39 AM

「重症ですね。『未来の記憶』を処方しましょう」
突然精神科医がそんな事を言ったので、患者は「えっ」と当惑した。
「どういう意味ですか?」
「この箱を持ってみてください」
精神科医は、デスクの引き出しから取り出し、空っぽの箱を渡した。スーパーでよく見かけるタイプのお菓子の箱だ。
患者は受け取った。「はい……何か?」
「何か感じ取れますか」
あまり医師の言う意図が分からないまま、患者はその箱を観察することにした。
箱の中身を確認し、何もないことを確認した。カサカサと振る。音はしない。
鼻に近づけると、かすかに甘い香りが感じ取れた。

「チョコレートのような匂いがします」
「そうですね。実際、その箱にはチョコレートが入っていました」
「はい」
「けれど、今は空です」
「ええ」
「では、チョコレートは一体どこから来たと思いますか?」
「どこからって、工場から、ではないんですか?」
「確かに工場から出荷されたと思います。しかし、現在か未来か、と問われると、それはどちらなのか分からないままなのです」
「言っている意味が未だによく分かりません……」
「マジックアイテムのようなものです。ほら、こうして……」
医師は、ペチンッと。空箱を叩いた。
その後、医師の手によって、箱を検める。手には何かが摘まれていた。チョコレートである。

「うわあ……どこから来たんですかこれ」
「未来からです。私が合図を送り、注文したのです」
「注文?」
「未来からです。未来に注文して、この箱に、届けられたんです。だから、」
医師は、ペチンッと。患者の頭を叩いた。突然のタッチだったので、患者の身体はビクッと微動した。
「こうしてやると、あなたに『未来の記憶』が処方されました。分かりますか。念じてみると、ほら……」
「……分かります! 分かります!」
患者はじっとできない子どものように、診察室で元気を取り戻した。
「空を見上げれば星が瞬き、夜になれば月が浮かび。ペンを持てば自分の名前が書け、足を動かせば歩ける! まるで別世界のようです!」
「そうです。その記憶を頼りに、今後も生きてください」
「ありがとうございます! まさにゴッドハンド! バンザイ、春原先生! さようなら先生!」

患者は踵を返し立ち去った。
その後、ゴッドハンドの精神科医はクリニックを畳んでどこかへ行方をくらました。
患者はそれをよしとしない。
頭に埋め込まれた未来の記憶が、自身の「死」の印象を見せ始めたのだ。

気がつけば目の前に霧が垂れ込めていた。
ちょうどよい。患者は白い霧にのまれ、消えようとした。
患者は未来の記憶を頼りに命を落とした。
数年前から身体は溶け、樹海で首を吊る。
それでも未来の記憶は無くならない。
精神だけは尋常に持ち続けた。未来の記憶はずっとそのままだった。一体これは誰の記憶だろう? 誰の記憶を埋め込まれたのだろう。誰の記憶に騙されたのだろう。
誰の……、誰の……、

そう幾度と考えていると、どこからが声がする。
「重症ですね、『過去の記憶』を処方しましょう」

患者がこんな結末になったのは、現在の記憶が無かったからである。現在の記憶が未来の記憶に上書きされて、草木が枯れるほどの時間没したのちに過去の記憶に上書きされる。
患者はずっと未来か過去に生きており、現在にいない。
だからこうやって、現実から迫害を受けてきて、夢に棲むものの声を頼りに暮らさざるを得ないのである。
精神科医の声は、いつまでも夢の中から聞こえる。

※世にも奇妙な、しっくりこないストーリー…。

2/12/2025, 9:54:02 AM

ココロ。

なんでカタカナなんだよ。
以前出てきた「ココロオドル」もそうなんだけどさ。
誰もツッコまないから書くわ。
なんでカタカナなんだよ。
スライムで言うところのスライムベスかよ。
ベスでいいんだっけ?
忘れた。
調べる気力もない。
違う色だと言いたい。亜種だと言いたい。
オリジナル表記が欲しかった。
心だと思っていたら、ココロを手に入れてしまった。
違う、そうじゃない。
お前じゃない。お呼びでない。
また今度、お越しやす。
このままリリースしたい気持ち……を留めて、手のひらを広げた。指先が外側を跳ね除けた。指紋を確認するように、手に入れたものをみた。
………。
そういえば「ココロ」が踊るから「ココロオドル」になったんだよな。
考えてみるとちょっと興味深い。
進化したみたいだ。スライムよりポケモンみたいな。
ゲームが違った。ゲームが違えばゲーム会社も違う。
生まれも育ちも違う。長野県とドイツ村くらい違う。
そう考えたらカタカナで書いた意味を欲しがるようになった。
何故だろう、なぜだろう。
ほら、この通り。
表記が違った。
書き方が違うだけで、読み手に与える印象が違う。
ひらがなで書いたほうが読みやすく、やわらかな印象がある。
なら、カタカナで書いたら?
心をココロと書いたら、どのような意味があるのか。
考えた。考えた。
けれども答えなんてそう簡単には見つからず、いつの間にか夜になっていた。

インスピレーションをインストール。
哲学的に摘出された何かってことにして、次のお題を楽しみにした。

2/11/2025, 9:18:24 AM

星に願って。

どこかと問われると不明な子供の頃。
星に熱中していた。
唯一一筆書きのできる便利な道具だった。
絵心のない者だったので、教室の床に敷いた模造紙の隅をそれで汚していた。
模造紙の中心部は人が集っていて、そこが最も中央集権的だった。
任天堂やスクエアの版権を無断使用していた。
トレスのような、パクリのような。そんなキャラクターに他の人は夢中だった。
そっちを書いたほうが他にウケるからだろう。絵を描けるとは、そのような分かりやすいもののほうが称賛される頃だった。一筆書きができる星なんて努力義務のない、誰でも書けるからと小石のようにされていた。

一応注釈として書き留めておけば、当時はスマホなどないようなものであり、タブレット端末などもっての外。
携帯電話も携帯するほどコンパクトなものではなく、黒電話の大きさそのままに、肩から掛けてバッグのようにしていた。そこまでのものではなかったが、そのような時代も今は昔と忘れかけている。

小さくドット絵となったガラケーの画面に映して、見よう見真似でモノを書いていた。密集していた。人が集まっていたからだ。パーティスモーカーのように、空気に煽られて連想された物も書いていた。マリオだったらキノコ。キノコなら書ける、という。
そこからずっと離れたところ。隙間の何もない空き地に、雑居ビルを建てるような感じで、星を書いているのだ。
なんだか思い出したくてこれを思い出したわけではないのだが、思い出してしまった。
模造紙の端は地方だとすれば、星空は地方のほうがよく見えるよなっていうことを、今になって思った。
空を見上げた。曇り空。
でも星は隠れているだけ。
願うのは自由。書くのも自由。

2/10/2025, 9:13:36 AM

君の背中をキャンバスに見立てて、未来予報図を描くことにした。
「どうして背中にかくの?」
「ふふっ、ひみつー」
「何をかいてるの?」
「それもひみつー」

二人は中学生で、学年が違う。
性別も違う、年齢も違う、背格好も趣味も性格も違った。けれども美術室で談笑していた。
友達以上恋人未満。けれど、家族かといえば、微妙。
夜、二人はお風呂に入った。誕生日も出生地も違うが、家族の一員であった。
母のほうの連れ子だった。父子家庭のスポンジに泡をつけて、ゴシゴシ。
それで身体についた黒い汚れが洗い流したことで、広い背中が「ああ」と納得したようだった。

「なるほど、そういうことか」
「でしょ〜?」
「で、今度は何を書くの?」
「それは学校までのお楽しみー」

君は鈍感なほうだったから、詳細は分からなかっただろう。美術部同士だから、未来予報図だとそう思い込んでしまった。そうでもおかしくない。実際は違う。
未来予報図という名の文字を書いていた。
今から思えば気づいてもよかったのに。
水彩筆ではなくて、いつも黒ペンを持っていた。
書き初めのようにペン先をつけ、動かす。肩甲骨、背骨、首筋。骨格の盛り上がりをペン先で感じる。こそばゆくてかなわないと背中は言っている。
でも、我慢している。直接言えば済むことなのに。

どうして、そんな回りくどいことをしたのか。
といえば、そういうタイプのスキンシップだった。
思春期なんてそんなものだ。直接言えたらこんな目に遭っていない。
君はいつも、とめ・はね、に気をつけていた。
美術にそんなものはないが芸術にはあるのかもしれない。正直絵心よりも筆心に長けていた。
本当は書道部に心は傾いていたのに、身体だけこちらに来たらしい。わざわざこちらの部室に来て、それで転部までしてきたのだ。
だから、先輩と後輩から家に帰って家族に戻ったとき、少し恥ずかしくなる。それで、いつも君の背中を綺麗にした。日を改めて先輩と後輩になったら、本音を部室で梱包して、浴室で開封する。
大人になってもそこまで変わらない。むしろ……

婚姻届のサインをした時、それを思い出した。
その夜、君の背中に尋ねてみた。ペンで。
「背中にかいたこと覚えてる?」
君は答えた、ペンで。
背中に書かれた。鈍感だったのは自分のようだ。
鏡で確認してみると鏡文字で見やすかった。
「愛してるよ」
文字での会話は縺れたけれど、わざわざ確認しなくてもよい事項だった。
あの時気づいてもよかったのに、と思っていたのは当時の自分だった。今の自分は違う気持ちだ。気づいていたかもしれない。気づいていて、それを背中でひた隠しにしていたのかも――今となってはどちらでもいいことだ。
今では君と堂々と、また喋々喃々と。
このように囁きあって、笑いあっているんだから。

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