静かな夜明け。
太陽が地上から昇って顔を出すとき、音は出さない。
だから静か。
でも、色はうるさくなる。明るさも、うるさくなる。
僕の場合、煩わしい、のほうが言葉は適切か。
夜は、自然も生物も死んだように眠っている事が多いけど、夜が明けるや賑やかに音は出る。
昼行性の生物が朝の香りを感じて、目を開ける。
夜風に朝の色を帯びて、明るさを上げる。
どこからが静けさで、どこから騒がしいのだろう。
その疑問も感じない規則正しい夜空の干潮。
朝空の満潮。空の攻防。
heart to heart。
心と心、といったところか。
「心と心」なら、去年の12月位に書いた気がするのだが、また書けというお題だろうか。
そんなのちょっと面倒臭い。
しかし、面倒くさいのが心というものだ。
思えば日本語のように一文字で心を言い表すほど単純なものではない。英文でこのように書いたほうが長ったらしくて複雑そうに見える。
心は相手と含めて二つある。それが心というもの。個人主義的に自分の心について深く思案し、どこまで思い詰めたってよく分かりません。
というわけで、「心と心」を書いた文章(小説)について書こうかな。
ネット上で知り合ったネッ友を題材にしたものだ。
不登校児と中学受験生。登場人物の年齢設定は同い年か同年齢。学タブを通してチャットサイトをして文字列で会話していた。文字打つ指先、素早さレート100だな。
けれど、最終的にはバッドエンド。
有名人のスピード婚、スピード離婚みたいなものだ。
不登校側がネッ友に依存して、勘違いによるもので攻撃して、迎撃される。最終的に警察沙汰になる。
という架空の話。
ネット上にネッ友がいないから。
あるいは最近のキッズの会話がよーわからんという作者の逃げを汲み取ったのか。バッドエンドになったのは、ソッチのほうが描きやすかったから。今時のデジタルネイティブが楽しそうに会話するシーンがむずかったのである。いったい何を会話するというのだろう。親か?
親に隠れて学タブいじってるのに、親がワルイって愚痴ってるの? ダブルスタンダードすぎてよくわからんな。まあ、不良が現実にいなくなったけど、内包的に心のなかにいてネガティブ感情で徐々に巣食う、みたいなものか。
しかし、これだけはっきり言えることが一つあって、ネット上のものは軽くつながりあえる代わりに簡単に壊れやすいことだ。僕も体験したことがある。
勘違い一つ、本音をぶつけ合う、イシツブテ。
所詮文字でできた会話。文字でできた世界なのに、それ以上のつながりを求めて時間を溶かしまくる。
すると、よほどご立腹だったのだろう。
ネットを作った祀ろわぬ神が、運要素のあるサイコロをじゃらじゃらと振って、丁半博打をしている。
簡単に繋がって、簡単に別れる。
後腐れない関係。都合の良い関係。友達ってなに?
ネットがあれば学校なんて行かなくていい。
そんな世迷い言に騙される子供も多いことだろう。
少子化を根源とするストレス源も多め。
中学受験生となれば、勉強が成功すればよいのだけど、受験後の中高一貫の六年間は長すぎやしねぇのかい。小学校と一緒の期間だ。
どうやら不登校側が成功者になりゆく足を引っ張って落とした。結局のところそういうエンドを描いたのだけど、ハッピーエンドにするには何と書けばよかったのか。
heart to heart。
思春期の心は何かの二乗で難しい。
何かって?
例えば、英語。勉強する意味。生きてる意味。
永遠の花束。
真っ先に造花を思いついたけれど、火で燃やせば溶けてしまうから永遠でない。
だから、逆の発想。
火でできた花束――火花の花束なら、永遠に燃え続けるかなと思った。
断っておくが、永遠とは条件次第で異なる永遠が存在する。
例えば酸素のない世界。
これでは燃えるものも燃えなくなってしまう。
火花とは、炎色反応を知っているものであれば分かると思うが、あれは金属の種類で火の色が変わるというものだ。
酸素がなくたって火の色が変わる?
そんなことはない。元々の火……ライターなどで炙るから炎色反応で色が変わるのだ。火を生み出すためには、どうしても酸素の存在は不可欠。
太古の炎は天より落とされたカミナリだとされ、落とされた可燃性物質が高温となって炎となった。
火の根源の安全が確認される条件を生み出したところで、火花の多様性を考えてみよう。火花に多様性が生まれなければ、花束にすることは叶わない。
つまり、火花の色彩を求めるために、様々な色合いを生み出す努力をしろと言いたいわけだ。
それが叶ったら、ようやく永遠の花束と言えそうだ。
あとは、その花束をどう使うか。
思いつかない。
オリンピックの聖火くらいしか使い道がない。
先月辺りにアメリカ辺りで山火事があったようだが、続報がよく分からぬ。また、日本でも誰かが火花を散らせたような血みどろの事件が起きたようだ。
このアプリで永遠の花束を生み出そうと思ったが、よく考えてみればもう生まれているのだろう。
それがどこにあって、どうやって世界各地を回っているのか。あるいはその火に意思が宿っているのか。
それがわからないだけかもしれない。
消し方がわからない。
火花を生み出すよりも先に、消火のやり方を考えたほうが良いかもしれない。
やさしくしないで、か。
今日のお題を見て、恋愛系だな、と頭を悩ませた。
確実に女がつぶやいている。こういったものは、男にはつらい。
ベッドに仰向けの姿勢。
頭には枕があり、病院を思わせる白く高い天井に向かって、両手を上げながらのスマホ操作だ。
両肘をついているが、腕が疲れる。体を横にして、楽な姿勢になる。
「さてどうしたものか……」
俺は今日のお題について、あれこれと頭を巡らせていると、「何見てるの〜」と天井から手が伸びてきた。
「うおっ」
なつみに俺のスマホをぶんどられ、そのまま画面を見られた。一気に手持ち無沙汰になる。音読される。
「やさしくしないで……、これがお題ってわけ?」
「そうだよ」
「ふ〜ん、メンヘラ女が言ってそうなお題みたいね。
やさしくしないで。もうほっといてよ!――みたいな?」
なつみはジェスチャー混じりに反応する。
自分の体を抱き締めるポーズをとり、男から防御するような感じ。いかにもめんどくさい女だ。
「いつもこんななの?」
このアプリの操作の仕方を知らないからか、何もせずスマホを返してくれた。
「そんなわけないよ。まあ、半分くらいは恋愛系のお題かな」
「理系なのに、こんなアプリに向き合っちゃって」
「文理とか、関係ないだろ」
「どうだか。理屈っぽいことしか書いてないんでしょ。どうせ」
「ああそうだよ。だからどうしたっていうんだ」
「別に。でも、今は私に向き合ってよ」
「おいおい」
と、俺は呆れていた。「まだするつもりかよ」
「まだって、まだ二回目。だってここは、『そういうところ』でしょ?」
もう夜の時間が深まった頃合いだった。
歓楽街に沈んだホテルの一室。
すでに夜のことを成した後の、ピロートーク的ムードでもある。だからなつみと談笑している。復帰待ちというものだ。
いつものこの時間の俺は、アプリに向き合う時間である。これを書かなければ、毎日が落ち着かない。
「なら、勝手にしろよ」
「おおきに」
そう言って、フリック入力をしていって、文章を作っていった。身体をさすりながら、下方向よりキスの落とすリップ音と、水音が聞こえた。
しばらく経って、スマホの画面を切った。
「もういいの?」
「筋は固まった。あとはシャワー浴び終わったら」
「ええ、終わったらね……」
二人の顔は徐々に近づいていき、口づけを交わした。
それでなつみは俺の耳元にこう囁くのだった。
「もうやさしくしないで、いいのよ?」
隠された手紙がどこかにあるはずだ。
だからお前には、告発文の在り処を探ってもらう。
隠蔽者は、上層部の面倒な指示で夜の建物に侵入した。
閑静な住宅。影の中に潜むように、そのうちの一軒に用があった。
五万以下の賃貸物件。とある理由により、思った以上に格安の家賃相場となる。
椅子の下、机の下。リビングはすべてハズレ。だが、書斎らしき6畳部屋でビンゴ。
椅子の下に、それは貼り付けてあった。
今時、古くさいことをしてくれたものだ。
隠蔽者は、目当てのものを見つけたことで、少々の安堵の心持ちになった。それをエネルギーに変えて、椅子裏の、1ミリ未満のズレでも感知する指先となった。
セロテープで四方を囲っているようだ。紙とプラスチック、そして椅子の三つの素材の違い。
段差にカリカリと爪を立てて、テープの角を粒立ててそれを足掛かりにする。丸みを帯びる角をくっと摘み、それから破り捨てるように、椅子から手紙を外した。
照明の付いていない部屋の中。か弱き月あかりを頼りに隠された手紙を白日の元へ。
隠蔽者は中身を確認し、独善的な笑みを浮かべた。
急いで部屋から出た。
近場に停めた車に乗り込み、エンジンをかけた。
15分ほどの滞在だった。目撃者はいない、と思いたい。
発車する前に、ライターで火をつけて、手紙を炙る。
火をつけたものを見ながら、名残惜しそうに運転席の窓からポイと捨てた。勢いよく車は駆ける。
道路に転がりながら、置いてきぼりになったそれは黒い粉末になって冷たい風で飛んでいく。
「ごめんな親友」
三回忌の年。
隠蔽者の車種は赤のアルファードだった。