バイバイ。
フジテレビのことかな?
テレビ離れがなんたらと言われてから、何年経ったか。
旧弊な組織は一旦バイバイしてもらって、新生を所望しましょう。そのために私たちは「嫌なら見るな」を徹底しなければなりません。
まあ、ニュース見たら、大幅な減収見込みで300億から500億の下方修正が入るだとか。
言われておりますけれどもね。
フジテレビの貯金は4000億くらいあるんじゃないかと言われているので、まあ、よほどのことがない限り何年か持ちます、みたいなことを見ましたが。
バイバイするのは、まだ先だということです。
いつしか売買されるんでしょう。
旅の途中で奇妙な猫を見かけたことがある。
京都に兄を巻き込んだ二人旅をした時のことだ。
場所はよくわからん。
今調べつつ記憶に残る場所を特定しようとしたが、よくわからん。憶測レベルだが、たぶん清水寺の帰り道に通った石塀小路が怪しいと思う。
石畳の敷かれた小路だった。
コンクリートなんて、どこにも使われていない。家の壁にも、道にも。石と壊れかけのラジオみたいな色素沈着の激しい暗い木材……。
両脇に迫るような京町の古都の家々が並び、明治、大正の古くさい香りがする。
もちろん、観光スポットのひとつなので、観光客がちらほらと歩いているし、夕暮れが舞い降りる気配がすると、支度を終えて華やかな着物を着た芸者がトコトコと小さな歩幅で歩いていく。現在でも通勤路として使われ、歴史が歩いているようだ。
同じような景色が続き、少し道に迷った感じもしていた。キョロキョロと首を振って、順路はどこだ、こっちは袋小路、あっちも行き止まり。
そんな感じで彷徨っていた時に、その猫を見つけたのだ。
奇妙だった。
その猫は軒先にただ座っていた。その前を通り過ぎ、2歩3歩後退る。じっと見つめている。置物かと思ったくらいだった。
声をかけた。お〜い、みたいに。
手も動かした。こっちこっち、みたいに。
でも、まったく動かない。前脚を見せ、お尻を下ろして座る。後ろ脚としっぽをお尻の下に、ドシンと座る姿勢のまま。じっと。
置物かな、と思ってしまうくらいだった。
でも、瞬きをしている。生きているはず。気品がある。
ツアーガイド代わりの兄をお〜いと呼び止め、あの猫はなんだと質問した。
「たぶん招き猫だよ」
「招き猫? あの、置物の?」
そうだ、と言った。
招き猫と言ったら、あの、前足を片方上げて手招きして固まっている置物しか思いつかない。
まさか生きている招き猫がいるとは思わなかった。
兄も物珍しそうにしていた。
自分と同じく、声をかけたり、ちょいっと近づいたりした。
「人馴れしてんな〜。全然ビビらないや」
飼い猫だろうが、鎖もつないでおらず、人もいない。首輪もない。昼に食べただろう猫皿が1枚置かれていただけで、この上ない質素で飾り気のない一軒の、縁側の上にいた。すぐ奥には障子が開かれ、和室があるだろう。京都は長細い間取りをしている。間口が狭く奥行きが長い。「ウナギの寝床」。誰かが言っていた。
「たぶん夜になったら開店するんだと思うよ」
「本当に店なの? ただの空き家みたいに見えるけど」
「うん、だから夜になったら暖簾を架けるんだ」
この辺りは高級料亭が多いらしい。
どこにどこがあるのかは不明。一見さんお断り。ドラマ「相棒」で出てくる料亭のような。そんな類の店前には、このような本物の猫を招き猫として置いているらしい。
僕は、ふうん、と言った。
知らない世界、知らない隠れ家。それを垣間見た気がして、せっかくだからとスマホでその白猫を撮った。
写真と実物を比べながら「美人だ」
ほっと、つぶやいていた。
まだ知らない君に、嬉しい報告と悲しい報告がある。
どちらを先に聞きたい?
……悲しい報告が先か。
珍しいな。普通の人は先に嬉しい報告を、って君に言ったところでどうでも良い話か。
悲しい報告、それは私が今月を以てこの職場から去ってしまうことだ。
君の耳にも入っていることだろう。
人事異動だ。海外に行くことになった。
場所は◯国。だそうだ。
日本とは少し政治的には難しい間柄だが、経済圏としては素晴らしい発展を遂げつつある。物価も安いしな。税金は、どうだろうか、分からない。この辺りは今後の課題だな。
君とは5年の付き合いになった。
君は最初、派遣社員だった。
それが今や正社員登用で正社員。
私のご慧眼通りの推察だったということだ。
どうだ、正社員は。驚くほどに月給は安いだろう。
そうだ、派遣社員はボーナスがカットされている分給料は良い。だが、それまでだ。正月休みはなかっただろう。正社員は年末年始は休めて、ボーナスはドカンとくる。まあ、代わりにこのような転勤があるけどな。
どうやら私のくじ運はよくないらしい。ハズレを引いてしまった、かな。
湿っぽくなってしまったな。
すまんな、私が一方的に話してしまって。
……良い知らせだな。
良い知らせは、わかるだろう。
今、対面で話していない時点で。
今いる会社がテレワーク推進のホワイト企業でよかったな。いつでもどこでも顔を見て話せるんだから。
これからもどうぞよろしく。
どんなに離れていてもお前は私の部下だからな。自信持ってやってくれよ。
日陰に行くと俯瞰的になれると思う。
特に冬はそうだ。
所詮今見てる風景だって、光が見せる幻想に様々な色を散りばめたものだから、綺麗だとか汚いだとか見たくないだとか、そういった瞬間的な感触は勘違いだったこともあり得るたろう。
日なたから日陰へ。
差し込まれる光の強さが弱まることで、届く光の量も少なくなり、色が暗然となっていく。色が静かに沈むように、地面へ目を向ければそこは、マンホールがあったりする。蓋の模様って大事だなあって思った。
「小さな勇気を大きく変える方法」と検索してみた。
ネットをぶらりと探してみるに、成功体験を積み重ねて、レベルアップをしていけば良いという。
「そんな時間があるかよ」
彼はネットに悪態の指を突き立て、画面をオフにする。
こういった時、やはりネットは使えない。
タイパ、タイパと時間を節約させているが結局のところ時間がかかることばかりサジェストされる。
彼の心の辞書には「努力」という言葉は載っておらず、今まで運と幸運だけでこなしてきた。
動物の食物連鎖で言えばライオン。
人間界で言えば皇太子。
けれど、今ばかりはそれができない。
ツケを払わされる、格好の餌食。お天道様が突然首を傾げて「はて?」と言っていそうなくらい、小動物になっていた。
運と幸運を与えてくれたのは両親である。
政治家、財界のコンサルタント。金は潤沢にある。
……今までは。
たった数時間前に電話が鳴り響いた。警察からだった。
「あの〜、〇〇さんのお宅でしょうか。たった今ですねえ、いわゆる交通事故が起きましてね〜。はい、はい、そうです、事故です。事故が起きましてね〜」
ひと言で言えば両親は轢き殺された。
仲睦まじく歩いていたところを車で、だ。
加害者は狂乱状態で「やったぞ! オレがやったぞ!」と叫び散らかしているそうだ。
現行犯逮捕!死刑確定!死刑執行人!
SNSではこのような言葉遊びでトレンド入りしている。
これからの出来事もひと言で言えればいいのに。
と思って、彼はもう一度指でスマホを叩く。
「小さな勇気を大きく変える方法」
彼は今、屋上にいた。冬晴れの輝くような陽光に照らされたビル風が突風と化している。
スマホになければ親に聞くしかない。今までもそうしてきたように、これからも……
眼下に広がるは空谷の跫音。
聞こえたか聞こえまいが、不意の突風が彼の背中を押してしまった。
屋上。
取り残されたスマホ画面は言葉遊びで更新されていく。
ネットが言うには「革命」らしい。SNSはさらなる喜びを見せた。遺族がいないからであろう、事件現場の写真も無遠慮に飛び交っている。