旅の途中で奇妙な猫を見かけたことがある。
京都に兄を巻き込んだ二人旅をした時のことだ。
場所はよくわからん。
今調べつつ記憶に残る場所を特定しようとしたが、よくわからん。憶測レベルだが、たぶん清水寺の帰り道に通った石塀小路が怪しいと思う。
石畳の敷かれた小路だった。
コンクリートなんて、どこにも使われていない。家の壁にも、道にも。石と壊れかけのラジオみたいな色素沈着の激しい暗い木材……。
両脇に迫るような京町の古都の家々が並び、明治、大正の古くさい香りがする。
もちろん、観光スポットのひとつなので、観光客がちらほらと歩いているし、夕暮れが舞い降りる気配がすると、支度を終えて華やかな着物を着た芸者がトコトコと小さな歩幅で歩いていく。現在でも通勤路として使われ、歴史が歩いているようだ。
同じような景色が続き、少し道に迷った感じもしていた。キョロキョロと首を振って、順路はどこだ、こっちは袋小路、あっちも行き止まり。
そんな感じで彷徨っていた時に、その猫を見つけたのだ。
奇妙だった。
その猫は軒先にただ座っていた。その前を通り過ぎ、2歩3歩後退る。じっと見つめている。置物かと思ったくらいだった。
声をかけた。お〜い、みたいに。
手も動かした。こっちこっち、みたいに。
でも、まったく動かない。前脚を見せ、お尻を下ろして座る。後ろ脚としっぽをお尻の下に、ドシンと座る姿勢のまま。じっと。
置物かな、と思ってしまうくらいだった。
でも、瞬きをしている。生きているはず。気品がある。
ツアーガイド代わりの兄をお〜いと呼び止め、あの猫はなんだと質問した。
「たぶん招き猫だよ」
「招き猫? あの、置物の?」
そうだ、と言った。
招き猫と言ったら、あの、前足を片方上げて手招きして固まっている置物しか思いつかない。
まさか生きている招き猫がいるとは思わなかった。
兄も物珍しそうにしていた。
自分と同じく、声をかけたり、ちょいっと近づいたりした。
「人馴れしてんな〜。全然ビビらないや」
飼い猫だろうが、鎖もつないでおらず、人もいない。首輪もない。昼に食べただろう猫皿が1枚置かれていただけで、この上ない質素で飾り気のない一軒の、縁側の上にいた。すぐ奥には障子が開かれ、和室があるだろう。京都は長細い間取りをしている。間口が狭く奥行きが長い。「ウナギの寝床」。誰かが言っていた。
「たぶん夜になったら開店するんだと思うよ」
「本当に店なの? ただの空き家みたいに見えるけど」
「うん、だから夜になったら暖簾を架けるんだ」
この辺りは高級料亭が多いらしい。
どこにどこがあるのかは不明。一見さんお断り。ドラマ「相棒」で出てくる料亭のような。そんな類の店前には、このような本物の猫を招き猫として置いているらしい。
僕は、ふうん、と言った。
知らない世界、知らない隠れ家。それを垣間見た気がして、せっかくだからとスマホでその白猫を撮った。
写真と実物を比べながら「美人だ」
ほっと、つぶやいていた。
2/1/2025, 9:17:52 AM