22時17分

Open App
1/27/2025, 9:42:41 AM

「わぁ!」と大げさに言ってみた。
物陰に隠れた子供の声で、相手は「わぁー!」と言いながらずっこけた。
「あっ……」と子供は戸惑いの表情。
驚かせる相手を間違えてしまったのだ。

本来の相手はその子と同じ背格好の、子供の予定だった。
端的に言えば、鬼。自分は隠れる逃げる潜む子。

二人はマンションの敷地内でかくれんぼをしていた。
遊んでいた子供も同マンションの子供。それも下級生だった。

1Fエントランスホールは顔認証システム搭載のセキュリティロックだから、マンションの住民同然である子供たちは出入り自由だ。
けれども、出入りする際の自動ドアによって音が出てしまうのが難点。潜伏ごっこには不利だと子どもは考えた。

そろそろ二十分ほど経過してしまう。
あまりマジなかくれんぼは場が白けてしまう。
相手は下級生だし? こっちはいわゆる上級生?
だから、その子は逆に鬼をおどかせようと小粋なことを考えた。
藪から棒に、と棒として飛び出すところを選んだのは、エレベーターホールの柱の陰だった。
ここなら廊下から及んでくる足音でタイミングも掴めるし、と考え潜んでいた。それで、タイミングバッチリ、驚かす人だけをミスったのである。

「イテテ……」
と女性は尻もちをついている。
子どものいたずら通りの反応だ。
長い髪、多分買い物をしてきた後だと思われる。
ドラ◯もん柄のエコバッグから、野菜たちが転がっている。ニンジン、タマネギ、カボチャ……すべて二分の一カットだ。昨今の冬野菜高騰の波を受けている。
バッグの中にとどまっていた細長い緑はネギらしい。
他は半分だがネギは1本分買っている。今夜は鍋にでもしようとしていたのか。

「あっ、武井さんのお母さん」
その子は女性が知っている人だと分かった。たしか4Fの。ちなみに子供は7Fに住んでいる。
その後、ごめんなさい、と丁寧なお辞儀をしつつ、ぶちまけた買い物たちの片付けを手伝った。
女性も「ごめんね〜」と言いながら、買い物袋に入れ、アンニュイな感じにエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのガラス越しの会釈を忘れない。武井さんはやさしいので、たぶん大丈夫だろう。

その子は一人取り残されるようにエレベーターホールに居残った。3分の沈黙。足音が近づいてきて、
「わぁ!」
リハーサル通りにできた。
今度はタワマンに泣き声が響いてしまった。

1/26/2025, 9:20:08 AM

終わらない物語にも物語とついている以上、終わりがある。終わりを知らないだけかもしれない。
知っている人はだれ?
頭の中。

1/25/2025, 9:21:43 AM

やさしい嘘を求める接吻を彼にした。
最初はこわばりのものだったが、すぐにやわらかい受け入れに変わった。
このときで最も不一致のキスだった。しかし、一層それがスパイスになる。

四面楚歌。けれど二人の周りは瞬間的に恋人の聖地とかした。舌を入れ中身を味わい、離れる。
「これで最後ね」
そう言って彼女はすぐに暗殺者になった。
一人二人三人、人だったモノが四方に散らばっている。
背後を振りむく。彼が見ていた。自発的に振り向いてくれたのはこの時だけだった。
これも最後の……
彼女は自ら囮になっていた。
投獄された未来であっても、彼は助けてくれる。
だから、今は宿命から逃げて……っ。
彼女は血の海で声なき声で叫んだ。血糊のナイフが踊り狂う。

1/24/2025, 10:01:07 AM

瞳をとじて目の前の現実を遮断した。
この歳にもなって、逃避を図りたかったからだ。
その人は、とても老いていた。
長年トップの席にいた。
それほどの実力者だったのだ。
かつての若い頃、実績を積み重ねて、年金を受け取る年代になってもなお上層部の席にいた。取締相談役。
人事の決断はその人の気分次第。
履歴書の内容より、4cm5cmの証明写真の移り具合で判断する。なのに……

精神は疲弊して、分裂したがっていた。
現実空間を三分割法。
点の一次元、平面の二次元、立体の三次元。
表と裏。さらに裏。
表の顔がバレて、裏の顔もバレて、この時で以てさらに裏までバレてしまいそうだった。
その、硬いシャッターの役割をしているのが現実逃避だった。

瞳をとじていれば、三次元から二次元を飛ばして一次元に行けるような。意識が柔らかくなるような。
まだ空気を入れていない風船が独りでに膨らんでいくような、時間経過。
心地よい、と誤認したかった。

「ずばりお聞きします。御社は倒産するのでしょうか?」

目をとじてもなお、質問される。
矢のような尋問だ。途切れることがない。
当然の報いだ、と中継されているSNSサイトはヤジを飛ばす。10分ディレイなので、10分後のヤジだ。

「いつまで黙ってるつもりだ!」
「しどろもどろ過ぎて頭に入ってこない!」
「日本語喋れ老害!」

その間、シャッターがいくつも切られる。
瞬断的で点滅の強い光が、閉じた瞼越しに感じられる。幾度もない、やまぬ光の雨が矢のように感じられる。

いつもの定例会見より、人数の多い。
失敗した記者会見。
代表取締役社長が人数制限を設けたため、失敗した。
終わったあとの、後の祭り。
会長も老いぼれなので、失言した。
一晩ってどういう意味ですか?――と。
それでその後もグダグダ。
だから私がこの場に引っ張り出されたのだ。
しかし……その口は重い。瞼も重い。心も重い。責任も。いつも通り、ただ座っているだけ。それだけで、お金が天下りのように降り積もる。

老いた人は、老いすぎているがために口を閉ざし、目も閉ざし、座していた。頭打ち。もう消費期限切れ。
頭蓋骨内で腐敗している。
数年前から撤去しなければならないのだが、頭蓋骨から出れないでいる。
企業から追い出されなかった。
その間、ずっと腐敗ガスが漏れている。
この場はピリついた空気が流れているのが、その証左だ。放置されたものが世に出されて、怒りが倍増したようだ。

年下が大勢で老人をいじめている。
枚挙にいとまがない言葉の調べ。
回りくどくて誰もがこう尋ねたくて、結局言えない記者クラブ。

「あなたは辞めるんですか、辞めないんですか」

ずっと瞳をとじたままとなっている。
心労でそのまま息を引き取ったのかもしれない。

1/23/2025, 9:21:36 AM

「あなたへの贈り物として、転生するチャンスを差し上げます」
「転生、って?」

その人は女神に尋ねた。

「まさか、異世界転生って奴?」
「いいえ。この世界での転生、です」
「まあ、そうだよな」
その人は納得した。
「この世に66億以上もの世界を用意するなんて、バカげてるな。その力があるんなら、この星をもっと改善できただろうし」
「それ、私を貶してます?」
人間は滅相もありませんと土下座をした。
転生するチャンスはキープされた。
頭一つ下げれば許してくれるなんて、やっぱりどうかしてるぜまったく。
「あの、聞こえてますよ心の声」
「いえ、思ってませんとも決して」
「そう即答できるということは、思っていたということになりますよね?」
「あっ」

Next