瞳をとじて目の前の現実を遮断した。
この歳にもなって、逃避を図りたかったからだ。
その人は、とても老いていた。
長年トップの席にいた。
それほどの実力者だったのだ。
かつての若い頃、実績を積み重ねて、年金を受け取る年代になってもなお上層部の席にいた。取締相談役。
人事の決断はその人の気分次第。
履歴書の内容より、4cm5cmの証明写真の移り具合で判断する。なのに……
精神は疲弊して、分裂したがっていた。
現実空間を三分割法。
点の一次元、平面の二次元、立体の三次元。
表と裏。さらに裏。
表の顔がバレて、裏の顔もバレて、この時で以てさらに裏までバレてしまいそうだった。
その、硬いシャッターの役割をしているのが現実逃避だった。
瞳をとじていれば、三次元から二次元を飛ばして一次元に行けるような。意識が柔らかくなるような。
まだ空気を入れていない風船が独りでに膨らんでいくような、時間経過。
心地よい、と誤認したかった。
「ずばりお聞きします。御社は倒産するのでしょうか?」
目をとじてもなお、質問される。
矢のような尋問だ。途切れることがない。
当然の報いだ、と中継されているSNSサイトはヤジを飛ばす。10分ディレイなので、10分後のヤジだ。
「いつまで黙ってるつもりだ!」
「しどろもどろ過ぎて頭に入ってこない!」
「日本語喋れ老害!」
その間、シャッターがいくつも切られる。
瞬断的で点滅の強い光が、閉じた瞼越しに感じられる。幾度もない、やまぬ光の雨が矢のように感じられる。
いつもの定例会見より、人数の多い。
失敗した記者会見。
代表取締役社長が人数制限を設けたため、失敗した。
終わったあとの、後の祭り。
会長も老いぼれなので、失言した。
一晩ってどういう意味ですか?――と。
それでその後もグダグダ。
だから私がこの場に引っ張り出されたのだ。
しかし……その口は重い。瞼も重い。心も重い。責任も。いつも通り、ただ座っているだけ。それだけで、お金が天下りのように降り積もる。
老いた人は、老いすぎているがために口を閉ざし、目も閉ざし、座していた。頭打ち。もう消費期限切れ。
頭蓋骨内で腐敗している。
数年前から撤去しなければならないのだが、頭蓋骨から出れないでいる。
企業から追い出されなかった。
その間、ずっと腐敗ガスが漏れている。
この場はピリついた空気が流れているのが、その証左だ。放置されたものが世に出されて、怒りが倍増したようだ。
年下が大勢で老人をいじめている。
枚挙にいとまがない言葉の調べ。
回りくどくて誰もがこう尋ねたくて、結局言えない記者クラブ。
「あなたは辞めるんですか、辞めないんですか」
ずっと瞳をとじたままとなっている。
心労でそのまま息を引き取ったのかもしれない。
1/24/2025, 10:01:07 AM