「わぁ!」と大げさに言ってみた。
物陰に隠れた子供の声で、相手は「わぁー!」と言いながらずっこけた。
「あっ……」と子供は戸惑いの表情。
驚かせる相手を間違えてしまったのだ。
本来の相手はその子と同じ背格好の、子供の予定だった。
端的に言えば、鬼。自分は隠れる逃げる潜む子。
二人はマンションの敷地内でかくれんぼをしていた。
遊んでいた子供も同マンションの子供。それも下級生だった。
1Fエントランスホールは顔認証システム搭載のセキュリティロックだから、マンションの住民同然である子供たちは出入り自由だ。
けれども、出入りする際の自動ドアによって音が出てしまうのが難点。潜伏ごっこには不利だと子どもは考えた。
そろそろ二十分ほど経過してしまう。
あまりマジなかくれんぼは場が白けてしまう。
相手は下級生だし? こっちはいわゆる上級生?
だから、その子は逆に鬼をおどかせようと小粋なことを考えた。
藪から棒に、と棒として飛び出すところを選んだのは、エレベーターホールの柱の陰だった。
ここなら廊下から及んでくる足音でタイミングも掴めるし、と考え潜んでいた。それで、タイミングバッチリ、驚かす人だけをミスったのである。
「イテテ……」
と女性は尻もちをついている。
子どものいたずら通りの反応だ。
長い髪、多分買い物をしてきた後だと思われる。
ドラ◯もん柄のエコバッグから、野菜たちが転がっている。ニンジン、タマネギ、カボチャ……すべて二分の一カットだ。昨今の冬野菜高騰の波を受けている。
バッグの中にとどまっていた細長い緑はネギらしい。
他は半分だがネギは1本分買っている。今夜は鍋にでもしようとしていたのか。
「あっ、武井さんのお母さん」
その子は女性が知っている人だと分かった。たしか4Fの。ちなみに子供は7Fに住んでいる。
その後、ごめんなさい、と丁寧なお辞儀をしつつ、ぶちまけた買い物たちの片付けを手伝った。
女性も「ごめんね〜」と言いながら、買い物袋に入れ、アンニュイな感じにエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのガラス越しの会釈を忘れない。武井さんはやさしいので、たぶん大丈夫だろう。
その子は一人取り残されるようにエレベーターホールに居残った。3分の沈黙。足音が近づいてきて、
「わぁ!」
リハーサル通りにできた。
今度はタワマンに泣き声が響いてしまった。
1/27/2025, 9:42:41 AM