22時17分

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12/24/2024, 9:54:29 AM

プレゼントの箱の赤い紐を紐解くと、その中には恋人が入っていた。
「メリー・クリスマス! プレゼントは私自身だよ」
と、ろくに着ないサンタコスのふしだらな姿でデコレーションされた、未成年の女子が笑顔を見せていた。
今夜はクリスマスイブ。男を喜ばせるために準備万端だ。
しかし、不運なことに、プレゼントの蓋を開けた男性は複数人いた。複数人が居合わせた。

「……いやちょっと待てよ」
男の一人が異を唱えた。
「俺の恋人をこんなにしたのはどこのどいつだ。ええおい」と。
恋人ヅラをしているが、これでもこの女子の恋人である。正直頭のレベルは低い方である。工業高校卒業後、将来の夢は行方をくらませた。
金髪にピアス。今年の夏に目一杯焦がした肌が、周囲を睨みつける。部屋の中でも黒いサングラスを掛けている。
たぶん女の子の遊び方も一人では無理だ。
きっと浮気している。そうに違いない。

「一人でやったんだろ」
そう心のなかで分析をしている男の一人が言葉を返した。
「ったく、姉はバカだからさ。ネットの浅い知識で、自分自身を……ってとこだろ」
「いいや! それは違う」
ガングロの恋人は言った。弟はこれを露骨に睨んでみせた。姉の年齢より5歳ほど年下だが、思いは強い。シスコンだからである。
「だったら誰がこれの蓋を閉めたんだ」
「それは姉だろ」
「話は最後まで聞けよ。……誰が赤い紐を結んだんだって言ってるんだよ。一人でこんなかに入るなら、別の誰かが蓋をして、紐を結ばなきゃ無理だ」
「そうですね」
もう一人が相槌を打った。
「そうじゃなければ、紐を解く必要はありませんから」
この男は姉の幼馴染である。
腐れ縁だと姉は言っていた。もうずっと脈なしだと分かっているはずだが、認められないでいる。
髪は当然のように黒い。
鉛筆、シャーペン、ボールペン。受験の色がこびりつく。
自分は高学歴であるのに、こんな、こんな……低学歴に靡くなんて、と思っているに違いない。
青いメガネを掛けており、真面目な大学生活を送っているらしい。酒は避けるように遠慮している気がした。

「こんなかに犯人がいるはずだ! 誰だ、誰がやった!?」
「俺じゃないよ」
「私もだ、誰がやった? 誰の差し金だ。小学生以来の幼馴染のこんな姿、もう見たくない!」
「おいしれっと付き合い年数でマウント取ってんじゃねー! たまたま隣同士だっただけだろーが」
「うるさい、幼稚園の頃のファーストキスは私だけのものだ」

(あ、あれ……?)

サンタ姿の女の子は、雑言飛び交う部屋の隅で一人取り残されていた。

実はこのアイデアの発案者は、本人ではない。
女の子が夜間、居酒屋バイトをしている人が立案した。彼女はプレゼントの中身が決められず、どうしようかと思って、コソッと相談していたのである。

ちなみにそのバイト仲間は男性だった。
だからこんなカオスとなっている。彼女とバイト仲間が咄嗟に考えた代物だ。
彼女は秘密を背負っていた。ここに恋人警察がいたら現行犯逮捕である。
それはバレてはならないと心得ている。
何としてでも自白だけはしたくない。でもどう逃げようか、考えあぐねている。

12/23/2024, 9:34:58 AM

ゆずの香りが凝縮された内風呂から、開放的な露天風呂へ通じるドアを開く。外へ出ると柑橘系の香気の密度が一気に拡散する。
裸足で駆けていた子供は、はぁ、と一気に息を吐き出した。

初体験の香りだった。
そんなに良い香りだろうか?
初恋の人の香りがする、と母親は頬を染めていた。
気づけば振り返る香りがする、と父親は呟いていた。
どちらも鼻がバカになっている、と子供は悪態の顔をしていた。

父親の仕事場の保養地だった。
静岡県内。どちらかといえば、西日本寄り。
景色は富士山に嫌われている。こんなところ、熊でも寄り付かないと子供は思った。
経緯はよく知らないが、抽選で当たったらしい。
応募者多数で、抽選となります。
いわば宝くじのようなものだ。で、当たった。
安く泊まれるぞ――と父親は家族を連れて、3日ほどこの地で馴れぬ宿泊客をやっていた。

内風呂は、ゆずの香りで満たされていた。
大浴場の風呂に、いくつもの大玉のゆずがふよふよ浮かんでいた。いつから浮かんでいるのだろう、ソフトクリームのように、形を保てず溶けるのは時間の問題。
源泉かけ流しというから、そっちをメインに置いているかと思ったが、どうやら果物の匂いで誤魔化している。
すんすんと幾度か鼻腔を動かし、子供は眉をへの字にして鼻を摘む。
立ち込める水蒸気が、その匂いが具現化したみたいだった。色つきの毒ガス。
それで数メートルを、足を滑らす覚悟で小走りになって露天風呂に逃げ込んだのだ。

身体にまとわりついた匂いを、外の露天風呂で流すことにした。
子供はまだ未成年だったので、1人で風呂に行けなかった。絶賛反抗期に突入しているが、完全に拒否できるだけの勇気は持ち合わせていなかった。
いやいやながら、脱衣場まで一緒だった。
そこから先は、興味に先導されて駆け出したので、親は行方不明に。

香りの害と書いて、「香害」と言う。
そのことについて、頭の中の脳漿に浮かんできた。
これはスメハラみたいなもので、いくら香りの良いものを身体に纏わりつかせても、浴びるようにしたら周りに害が及ぶというものだ。
好きな人、嫌いな人。それは嗅がないと分からない。濃度もあるだろう。湿度も関係してくる。それが初恋の人なら思い出補正が入る。

香りは、微かな方が良い。
子供の敏感な鼻は客離れし、逆に大人の鈍感な鼻はリピーターになる。

年末になりゆく休日気分に浸る露天風呂。
身体を温めることにして、十分以上が経過した。
親は、まだ来ない。ゆずに絡まっているのか、湯けむり事件に巻き込まれているのか、人魚に魅了されているのか。

建物の壁を見やった。
そこには白い壁と、時計と、曇った窓が。
大きな窓の向こうには内風呂が見え隠れし、湯船の表面が見える。かけ流しの余波を受ける黄色い物体は、うようよと動いていて、そこに身体を沈める人たちが何人かいる。
誰が誰で、何者なのか分からない。けれど、子供以外の年上の人たちばかりだった。きっと、柑橘系の香りで長旅の疲れが取れると思っている。

子供は一人顔を歪ませた。
親の行方は、ゆずに尋ねるしかないのか、と。

12/22/2024, 6:40:58 AM

大空から逃げるように、暗い洞窟の奥へと入っていった。
闇に生きる者は、先祖代々から日向を歩くことを禁じられてきた。
夜間のみ、自由に出歩くことができる。
陽光で地表温度が上がってくると、陰から陰へ、飛び移る事ができなくなる。

大空はいいな、と思うことがある。
しかし、憧れても大空を飛ぶことはできない。
アリの巣を作るアリのように生きろ。それが闇に生きる者たちの、宿命なのであった。

長旅の末の洞窟の奥。そこに用があった。
寝静まった団欒の隣、息を潜める寝室の闖入者のような孤独感だった。
実際孤独だった。一人旅だった。
この夜に生きるための単独、霊峰の空気の籠もる洞窟には魔物の気配はなく、奇声をあげて去るコウモリの大群が生々しい。

頭の中の暗記した道順通りに、いくつもの分岐をくぐり抜ける。マトリョーシカみたいなものだ。
洞窟の口は、徐々に縮こまるように小さくなる。

やがて最奥にたどり着いた。
最後まで道順が当たっているか不明だったが、すべて当たっていたようである。

「ここが、魔王の棲む……ダンジョン」

闇に生きる者の目的地は、地下深くにあるダンジョンだった。その目の前には、先ほど元気よくおさんぽをしていたミミックが、日向ぼっこならぬ日陰ぼっこをしていた。
ミミックはその者の存在に気づいた。
しかし、戦闘にならなかった。
ガッチャン、ガッチャン、と中身を揺らしながら近づいた。闇に生きる者は逃げようともしなかった。もう限界だからである。

何か感じたのだろう、同族の香りを。
ミミックは、自分の箱の蓋をパッカリと開いて、食べ物を見せる。
闇に生きる者は怪訝そうに迷い、手を伸ばす。
噛みつく気配もなく、そうして新鮮なパンを手に入れた。泣いた。ひと口。泣いた。ふた口三口。
それがこの世で生まれて初めて触れた、無償のやさしさであった。
(まだ取っていいよ?)
ミミックは満腹になるまで口を見せたままでいた。

12/20/2024, 9:42:13 AM

寂しさを紛らわすために、僕はぬいぐるみを抱くことにしている。体長は130センチ。身体はふかふかで構成されている。

夜眠れない時、どうしてか眠剤が効かなかった時は、「眠れないよ〜」と抱きしめると、うとうとするように目がまどろんで、いつの間にか朝になる。

生息地がオフトゥンにいるから、休日の朝は、やけに弱い。あっ、今日は早起きしなくていい日だ。二度寝しよう。むぎゅう。

とした時にはすでに遅し。
完全に昼を回っている時間にタイムスリップ。
これを睡眠負債といって……などと、簡単に時間を奪ってくれる怠惰の神ならぬタイダリストなのだが、平日の睡眠不足を補ってくれるありがたい存在なのだと愛でている。

もう一眠りしよ、と軽く腕を預けると三度寝。
もう夕方に近い午後3時である。
流石にヤバいと思って、お引越しを頑張ることにした。
この太ったアザラシを隣の部屋に引っ越すことが、怠惰から逃れる術なのだ。
そうしたら全然眠くない。

12/19/2024, 9:33:56 AM


冬は一緒に、清廉な湖に飛び込む。
ダイブ……、モノの重力法則に従って、水深数メートル沈んだのちに、モノのなかに込めた冬は、一気にその力を発揮した。

生まれたばかりの赤子が元気な産声をあげるようだった。
1000万分の1に圧縮され、金属製の特別な殻の内側に凝縮された。
化学兵器だった。量産などできない。一発限りだ。
核の炎の冷気バージョンと言ったほうがよかった。
この世界において、最恐を誇る、唯一無二の、質の高い冷気。
広がる。瞬刻的に世界を、瞬く間に冬にしていく……

兵器は空から落とされたが、詳細な説明はされなかったであろう。
上層部に使い捨てられた一兵卒たちは、飛空艇ごと産声をあげたばかりの冬に飲み込まれた。
世界を包んでいた蒼穹の空は、色はさらに青くなり、濃くなる。円球に、拡散する。
怜悧たる鋭利な空気圧で、一部のオゾン層が破片のごとく、宇宙へと弾け飛んだ。

兵器が落とされた湖……。
かつてその湖は、龍が棲んでいたという。
一人の少女と凶暴な赤い龍。やがて少女は龍の怒りを鎮めたとし、後世に至るまでに神格化されていった。
歴史を紐解けば分かるが、その少女は湖を棲家とする龍の生贄だったという。その伝承すら軽く吹き飛ぶように、跡形もない氷にした。

「……ほ、本当に、これでよかったのですか?」

愚鈍な上層部は、宇宙船の窓から戦果を確認していた。
あまりの暴虐さの目撃者になって、絶句だ。
部下の一人が代表するように、確認の意を表してしまった。
上層部の権力者は、違う。
その言葉は通り過ぎた。
しかし、長すぎるが時間的にはあっという間の沈黙の末に「……素晴らしい」と小さく呟いた。
そして、まくし立てた。

「素晴らしい! 何という力だ! これが、これが神のチカラ……。最高だ!」
自軍の化学兵器の味に酔いしれたようである。
「これをあと二つ、いや三つだ! 三つ作れば……、クックックッ、この星は、わが国の掌の上……!」

一つ作るのに100年を要している。
何千万もの人間の寿命を生贄に捧げて、天候を操るほどの致死量の解き放つ。一体、どれくらいの生命を無下に扱っただろう。動物、植物、人間。文化、伝承……
着地点をその湖にしたのも、すでに述べた通りである。単なる験担ぎであるが、上層部の頂点にまで上り詰めた権力者にとっては重要だった。
権力者は人間である。
それも不死性を獲得した、愚かなる老人……。

ある種、人間らしいと言える。
宇宙船を作り、空を突き抜け宇宙へたどり着き浮遊する。すると神視点となって世界に限界があると知った。
視界一面に見える、すべてのものをすべて手に入れたい。手に入れようとする。

しかし、人間とは神のように「UNIQUE(ユニーク)」を作ることができない。万に一つとして、彼は愚かだったが復讐心で以てもう一人現れてしまう。
同じ場所、同じ時間、同じ種族。
自分の作りし科学兵器「冬」を目撃してしまった天才科学者である。

すぐさま軍を抜け、対抗するように科学兵器「夏」を作った。込める様態は真逆だが、構想と技術はほぼ同種。100年かかるところを10年で作り終えた。
そして、夏を解き放ったのである。
彼が抜けたことで、二発目の「冬」が作れなかったこともあろう。

「冬」は、10年天下の後に「夏」の燎原の瞋恚の炎(ほむら)を許し、宇宙の一部をあぶった。
愚かな決断をした宇宙船を破壊せず、わざと蒸して中にいる愚かな老人を干からびさせたのだ。

「これで……、良いだろう」

科学者は天才であったが、心が真っ黒に塗りつぶされたため、この星を破壊した。
復讐は終わった。
燃え盛る夏と凍てつく冬。
どちらも見える山の懐を死に場所に選んだ。人間らしい理由である。
自転するが、一回転。
倒れるように息を引き取る。

この世に、天国と、地獄が、あるなら……、俺はどちらに逝くのだろう……。

その時、龍は現れた。
背中に少女を乗せた、赤い龍が。

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