22時17分

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9/9/2024, 8:33:12 AM

胸の鼓動を調べる検査がある。
別段、特別な検査ではない。
全国どこでも、あるいは年齢問わず。
法律で決まっているからという真っ当な理由で、大人は普通に受け入れるべき出来事。

内科検診である。
聴診器を当てて胸の音を聞く。
心臓の音を聴き、ちゃんと動いているか調べるだけ。
それは年に二回、春と秋に訪れる。
どうしてなのか、子供たちにはよく分からない。

昼休みの後、幼稚園の先生の声に呼ばれて列を作る。
人数は30人。対象年齢は5歳。
来年春になれば小学校に入学する、背の小さな集団だった。

男女混合の列。
背の順でもなんでもない並び方だった。
だが、列の前の方はおとなしく、後ろにいくにしたがって私語をする子供たちが多い。
列の十人くらいは、私語をしても先生たちには気づかれない、という量の笑い声が聞こえている。

内科検診について、特に説明する様子はなかった、とその子は思った。その子は列の後方にいて、ぞろぞろと遅めに歩き、順番待ちをする。
先頭から順に、何かをしている。
何をするのかな。と列の先頭が気になるように、その子は小さなかかとを上げて背伸びをするようにした。
しかし、ほんの数センチくらい高くなるだけで見えない。

一人ずつ、知らない大人の前に立たされていた。
「えんい(園医)」と呼ばれる知らない人だ。
「えんい」にはいつも、看護師がいた。残念ながら、歳は食っている。それにメガネ越しの目も笑っているようで笑っていない。本当は子どもなんて好きじゃないのだろう。

その子の名前が呼ばれて、顔を見られ、本人確認される。
「じゃあ、めくって~」
と「えんい」に言われ、戸惑っていた。

いつもはやさしい幼稚園の先生は、後ろに回ってその子の両手首を固定していたからだった。
誰がめくるのだろう。どこをめくるのだろう。そのままなのか。言い間違いなのか。
子供の表情。戸惑いと微かな目の動き。
言葉にできるほどの年齢は、残念賞。持ち合わせていない。

助手の看護師が、許可なくその子のシャツの裾へ手を伸ばし、上へ持ち上げた。
シャツの下はまだ誰にも見なれ馴れていない白い肌があった。
その子自身も、上半身を見られた、という感覚はまだ芽生えていない。
「じっとしててね〜」
服をめくり上げ、他人の手によって鎖骨が見えるほど持ち上げられた。それで素肌に判を押すように、園医は直に当てた。

十秒も満たない時間。感覚。
その子の年齢では目的も何もわからないもの。

円盤型の銀色の道具で、布のない胸の中央に当てられた。
そうしてその変な恰好で、おなか側と背中側を看られた。「はい、いいよ〜」
と言われ、その子は解放。
次のこどもにバトンタッチ。
同じようにシャツをめくり上げ、上半身を裸にさせた。
大人たちは各々の仕事の役割を理解した連携を見せた。
分け隔てなく子供を拘束し、心臓の音を効率よく聴いていた。鼓動のスピードは皆速い。

9/8/2024, 9:32:33 AM

踊るように、人生を過ごす。
フィギュアスケーターのようなものです。
つま先は立ち、くるくると身体を回し、演技をする。
ぴょんと小さなジャンプをする日もあるだろう。
耳を澄ませば、何かしらの音楽が流れ、それに合わせ、リズムを作る。
プロのような、熟達した技を持っているわけでもない。三回転、四回転、そんなジャンプはしない。
無難に、無難に。
氷上の天使として、滑っていく。

残ったのは、軌跡の凍りゆく僅かな痕跡で、それを誰かが過去の記憶と呼ぶ。
その上をまた誰かが滑り、軌跡が重なる。

しかし、踊るといったって、それは平らでないと転ぶ危険があるし、夜通し踊るのは身体的にも精神的にも続かない。
夜になれば踊りを止め、眠りにつき、休む。
日が出れば目を覚まし、再び踊るように人生の日を過ごす。

そんな優雅な人の踊りを見て、私はどうだと深く嘆く必要はない。
世界拡散をせず、私は私。
まずは靴を履くところから始めよう。

9/7/2024, 9:18:48 AM

「時を告げる行列」とやらに並んでみた。
ポストに入っていたチラシを見るに、場所は新宿駅の真下にあるという。駅ビルの地下街だろうか。
というより、時を告げるとは、何だろう。
私は疑問を解決しにいった。空席状況の目立つ電車に乗り、世界の迷宮たる新宿駅へ降りた。

フロアマップと家から持ってきたチラシ、双方を見比べながら、目的地の在処を比較検討する。
別に正確な位置を特定する必要はないのだ。
行列なのだから、どこかしらにぴょこっと最後尾が……あっ!

地下X階。だいぶ階段を降りたが、やっとそれらしきものが見えた。
ちゃんと「最後尾」と書かれたプラカードを持ったガールが立って、異様な長さの存在感を放っている。

私はその列の最後尾に並んだ。
それから、時間が経つごとに行列の順番待ちをする。
「時を告げる」とあるように、カフェの小さなチャイムが鳴るごとに一歩前に進む。
一人ずつ店内に入っているのだ。
これが「時を告げる」という意味なのか、と一人得心した。

ただ、何の店なのかはよく知らない。
初めはラーメン屋の人気店の名前だと思って来てみたが、ラーメンどころか美味しそうな匂いは漂っては来なかった。
飲食店ですらないのかもしれない。
例えば、有名な美容室だとか、ネイルサロンとか。地下街に惑わされてはならない。例えば温泉……とか?
想像が膨らみを持つ。
きっと到着すれば、何かしら知れると思った。

私の今の身分はニートという、世間でいうところの思想家に当たるので、時間があり余っている。
家でも、行列に並んで待つ間でも、思索をすることには変わらない。この行列の正体を知るまで、考え抜こうじゃないか。

……そういえば、お腹が空かないな。
「すみません、あとどれくらいですか」
最後尾を示すガールに聞いてみた。笑みを浮かべて答えてくれた。唇が妙に色っぽい。
「待ち人数はあなたでちょうど20人おりますので、うまく行けば20分で済むと思いますよ」
「なるほど、そうですか」
「ええ、寝ていればすぐです」
私は窓の方へふと向き、ひょっと、一瞬できた影を目撃した……ような気がした。
下から上へ、細く長く上がるもの。
普通に考えたらツバメか。

などと考えたが、地下街なのに外が見える窓があることに気づくべきだった。
そうすれば私も……うっ、なんだっ。
急に、眠く……。
そこにシャランとチャイムが鳴り、そこで意識は切れた。

「では、長い間おつかれさまでーす!」

20分後。気づいた。
ああ。なんで気づかなかったのだろう。
彼女の背中には、翼が。
そして、私は空に向かって落ちるように飛んだ。

9/6/2024, 9:20:25 AM

貝殻の中に赤コインを仕込む。
レトロゲームで申し訳ないのだが、マリオ64の海ステージにてそういうのがあったと思う。

大半が水中のステージで、泡ゲージが切れる前に、パッカン……パッカン……、と閉開するタイミングを見計らって、薄ピンク色の貝殻の赤コインを集めるというものが何枚かあった。
あのときはただのプレイヤーだったので、ステージをこなすだけで終わったのだが、段々状に深くなっていく段差の、浅瀬の方にその貝殻のギミックが設置してあったなあ、と今思った。

沈没船は、ちゃんと海の底にあって、あるギミックをこなすとそこからゴゴゴ……、と音と泡を立てて浮上する。
「浮上する時間長いな……」
とか思ったりするのだが、すぐに浮上すると沈没船としてのムードというか、誇りというか、そういうものがない。

そういえば、みんなのトラウマであるウツボくんがいた。マリカーのどっかの水中ステージにて再登場を果たし、背に乗って走るだけという、単なる置物として置いてあったような気がする。

ちょっとお題から脱線事故を起こしてしまったが、大目に見てやってほしい。
カナヅチはカナヅチでも、トンカチなら貝殻なんて粉々よ。粉々に砕いて、砂浜に溶かしちまおう。

9/5/2024, 7:21:29 AM

きらめきを口にして、苦労を吐き出すニンゲンの横を過ぎ、彼は歩く。
こんなニンゲンにはなりたくないものだ。メデューサにより身体を石にされてもなお、口元には銀色の粉が付着している。
唾液が干からびて、何かしらの物質が析出したのか。あるいは、彼のように自由の妖精にイタズラされたか。

彼のように、自由に歩ける人間は限りがある。この世界の大半のニンゲンは、動けない石像になった。
石像でその場に固まった者たちは、みな思い思いの表情を張り付け、嘆き・苦しみの表現をしている。
メデューサのせいだ。
彼は、苦々しい味を我慢した。

メデューサのせいだ。
徘徊するメデューサ。
どこにいるのかわからないメデューサ。
怪物。不死なる存在。
故に、生を知らず時間を知らず常識もニンゲンも知らず。
「死にたくない」と口にした者たちの前に現れては、そのきらめきを叶えるゾンビと化した。

メデューサになりたいと願う者もいるのだろう。
メデューサは一人ではない。

「そう、ひとりじゃない」

彼は独り言を言い、また石像の隣をすり抜けた。
へその緒が繋がれた赤ん坊を抱いた、娼婦の寝姿だった。

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