些細なことでも、少し思考を巡らせて哲学したほうがいいという。
例えば、そこのゴミ収集所のペットボトル。
ウチのところは、ペットボトルだけ収集所のあみあみに入れるタイプである。飲み終わったら軽く中身を洗って、ラベルとキャップを取って、ポイ。
収集日はマジで知らない。
いつの間にか、かさが減っている。
黄色のあみあみのなかで、大小さまざまな使用済みのペットボトルが乱雑に入れられている。
下だったり上だったり、斜めだったり。
ペットボトルがパズルピースの一部みたいに見える。
ペットボトルのピースでペットボトルの透明さを映し出している。キラキラだ。
それのどこを見ても、フォルムは立派だ。
そう、ちゃんと凹んでいない。
脚でふみふみしてないのだ。
それにキャップもついているのも多い。
色つきのラベルだって。多分コンビニか自販機買いの奴が、飲み干した途端に捨てているのだ。汚いぞ。
ペットボトルのふみふみ。
容積が減って、かさが減るので、効率的に収集しやすい。
そういうが、それでもちゃんと持っていってくれるということは、どういうことなんだろう。
うーむ、謎だ。
やっぱりやらなくていいことがあるってことにしよう。そうだそうだ。
些細なことは、暇な人たちに考えてもらおうとしました。
僕たちはヒマでないので、おウチでひましてる連中を脚でふみふみしてやるのだ。
夏休みはもう終わり。なのに、自由研究や読書感想文などをやってないでいる人たちをお仕置きして、ペットボトルのように丸洗いしてやるのだ。そうしたら、透明になってキラキラする。
心の灯火をつけるためのチャッカマンを手に入れた。
ふふふ、これで放火とかしてやるぜ、とおウチから出て散歩することにした。
道を歩いていると、犬に紐を引っ張られてどっちが飼い主なのかわからない人がいた。
片腕を持ってかれあれよあれよという風になっている。
心の灯火を千里眼を持っていないながら目を凝らしてみた。意外と見えるものである。胸元に小さい炎がちゃんと燃えていた。
こういうのは満員電車だろう。
少年は普段はしないはずの早寝早起きをして、早朝のホームにいた。
列をなして電車を待つ彼らはみな、顔の表情筋が死んでいたが、少年の期待に反して心の灯火はついている。
てっきり消えているもんかと思っていたのだ。
学生もいた。こんな早い時間帯なのに。
たぶん朝イチに朝練をやっているブラック部活に参加しているのだろう。
しかし、彼らもまた心の灯火は消えていない。逆に燃えたぎっているのだ。なぜかは知るべきではない、と少年は去った。
そうだ、夜ならどうだ。
帰宅ラッシュ時なら、1日の疲れとともに心なんて……、と案に相違して誰も心の灯火が消えているものは見かけなかった。
休日、精神科のクリニックに寄った。
たしかに灯火の弱った者が多かったが、灯火とはこのような弱さだよな、と少年は感じた。
チャッカマンでつける必要はなさそうだ。いずれ自分で気づいて、薪(たきぎ)を焼べて炎を大きくするだろう。
そうしていろいろな人の灯火を見ると、どうしてもという気持ちが強くなる。
カチッと、チャッカマンのスイッチを押した。
先端に炎が灯る。
意外と白っぽいなと思った。
火というより、光のよう。
そう思ったからか知らないが、ジブリのハウルみたいに炎を口元に近づけていって、口で飲み込む動作をした。
肌は透けているような感じで、一滴の炎の雫が舌、喉、胸を通り、身体の中心に収まった。
すると、少年は今までに感じたことのない強い揺れに備え、それを一心に感じた。
チャッカマンを持つ理由がない。
それを投げ捨てて、走り出す。
少年はどこかへ去っていく。
残されたチャッカマン。
それを拾う、別の人。
「ふふふ、これで放火とかしてやるぜ」
無敵の人は、その灯火の色を一生知らないでいる。
開けないLINEは、見る必要がないから。
読む価値がないから。
時間がないから。
壁を作りたいから。
馴れ馴れしくされるのはイヤだから。
でも、相手はというとお構いなしにメッセージを送るから、赤い風船が膨らむように数字が増えていき増えていき……確認の指先は画面に触れたくないと駄々をこね、心の殻のなかに引きこもる。
通知はもう切った。
けれど起動するたびに目に入る余計な情報。
相手は本当におせっかいである。
余計なお世話。
その短いセンテンスが言いたいけど、数字の膨らむ終わりなきカウントアップにおびえてしまって、送れずにいる。
画面を支配するように。
送られてくるメッセージの、強調された数字分の言い訳を用意しては無視の雪が心に降り積もっている。
凍え死ぬかもしれない。
拡大解釈妥当。
そして、一ヶ月二ヶ月と放置した夜。
仕事のしわ寄せがあって、誰かのための時間外対応をするバイトのやるせない気持ちで、素早い既読無視をする。
これが最善だ。
身体を丸くさせて、引きこもりの夜はそう殻に閉じ込もるのだ。
不完全な僕は、今どこにいるのかわからないほどに蛇行運転気味な台風のように、ふらふらと休日っていう世界を彷徨っている。
けれど、そういう日を過ごしたって、誰にも迷惑かけてないくらいの年齢不問であればいいんじゃないかなあ、って言い訳を脳内生成して夕方になった。
突然死のような夕立。
それを窓越しに見つめると、九月一日なんだなぁ、って思う。
香水が洪水に見えて、濁流を抱く龍が寝そべるような川上から幸水の化け物がどんぶらこと流れきた。
誰かが桃のようなでかいナシを拾って、家でパカンと真っ二つに割ったら、硬水が噴水のように吹き出してきて美味しいという話。
(何も思いつきませんでした……)