まにこ

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12/23/2024, 9:43:31 PM

俗物的な本などではよく見掛けるあの台詞。
普段であれば絶対に言うわけがない内容のそれを、まさか愛しの恋人の口から直接聞ける日が来るなんて思いもよらなかった。
言い慣れていないせいで声は上擦り、頬は林檎のように染まり、視線はソワソワと宙を彷徨っている。
「……プレゼントは、俺だ」
どこで覚えてきたのだそんな殺し文句。
聖夜に久しぶりの逢瀬。街は色めき立ち、煌びやかな灯りが夜を美しく染めている。
この日のために毎日必死にアルバイトして、年上の恋人と過ごすホテルのスイートを予約した。
恋人は社会人で、未だ学生である自分よりも遥かに金もある。それでも彼氏として今の自分にできる精一杯のプレゼントを贈りたかったのだ。
キラキラと彩られた街を一望できるこの部屋で、とびっきりの甘い夜を過ごすと決めていた。
普段は仕事に忙殺されている恋人の時間を、この日だけは自分のためだけに割いてもらえるだけで十分に幸せだと思っていたのに、先に風呂から出てきた恋人から会心の一撃を喰らうだなんて、こんな嬉しいサプライズがどこにあろうというのか。
「……いらねえのか」
いけない、つい心が違う所へと彷徨ってしまっていた。こちらの服の裾をぎゅっと可愛らしく握る、世界一大好きな恋人から世界一嬉しいプレゼント。据え膳食わぬは男の恥、である。
「喜んで、いただきます」
二人のクリスマスはまだ、始まったばかりである。

12/23/2024, 1:19:52 AM

仄かに匂い立つ、柔らかくてどこかさっぱりとした柑橘の香。
湯に浮かぶ黄色く歪な形をしたそれを一つ、手に取ってみる。
「これ、こちらに集中せんか」
すぐ後ろから抱きついてくる男がいなければもっとこの湯を楽しめるというのに。
ぺしりともぎ取られた柚がポイと投げられ、ぷかぷか浮かんで離れていく。
「……柚にまで嫉妬するな」
「いやだね」
面倒くさくて厄介なはずなのに、心は不思議と凪いでいる。
嗚呼柚子湯のせいだと思いたい。

12/21/2024, 10:08:14 PM

いつぶりだろう、地面に身体の全てを預けてゆったりと空を見上げることなんて。
嗚呼、思っていたよりも世界はこんなに広かったのだ。
出来ればもっと早くこの事に気付きたかったなあ。
今まで感じたことのない激しい痛みも流れゆく朱も、全てが手遅れの証拠。
スマホを翳す群衆の何と愚かたるや。
お前たちも早く空を見るといい。
薄れゆく意識の中、眦から零れる一筋の涙を最期に私は目を閉じた。

12/20/2024, 9:20:54 PM

呼び鈴を鳴らす。
荘厳な音が指先から飛び出す。
明らかに家の中でバタついた音がする。
ほんの5分くらいしてから、まだ髪の毛もくるりとはねたままの貴方が慌てたように戸を開けてくれる。
「どうぞ、入って」
優しい声色が耳を擽る。
この声が私の凍てついた心を一瞬にして溶かす。
恋人ごっこの夜が今から始まる。
ごっこでも真似事でも今更何でも良い。
私を買ってくれる貴方に精一杯の春を届けよう。

12/19/2024, 10:24:10 PM

頭では分かっている、つもりだった。
貴方が僕たちを養うために今までよりも一層身を粉にして働いてくれていることは。
ぽっかり空いた大きな穴の、心が追いついていなかった。
卓袱台にいつまで経っても残っている貴方の分の夜ご飯とか、玄関から優しいただいまの声が聞こえないとか。
だから、貴方が帰ってくるのをいつまでも布団の中で待ち続けることにしたのだ。
既に寝静まっているであろう、僕たちを起こさないように、やがて細心の注意を払って玄関の扉が開く音がする。
一人で夜ご飯をさっさと片付け、とっくに冷めた風呂に浸かる貴方。
不意に襖の開く音。いけない、少しうとうとしていたようだ。
布団はいつも貴方の分も僕が敷いているから、何も疑うことなくすぐに潜り込む貴方。
そんな間を置かずに静かな寝息が隣から聞こえてくる。
今からが僕の、僕だけの心の隙間を埋める時間がきた。
貴方を起こさないよう、ゆっくりと布団から這い出る。
「……、」
やおら上に跨り、小さな声で名前を呼ぶ。当然起きない。
顔を近付け、唇と唇を重ねる。それもほんの一瞬。
後は顔中至る所に唇をくっつけては離し、くっつけては離す。
起きて欲しいような、それでいて絶対に眠り続けていてほしいような。二律背反な感情が胸の中を渦巻く。
今はまだこの関係で良い。気付かれなくて構わない。
少しずつ少しずつ、貴方のあずかり知らぬ所でひっそり肌と肌の触れ合いを深めていこう。
それが僕なりの寂しさの埋め方。これに名前がつくのかなんてまだ知らない先の話。

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