時折、意識が混濁しているようです
どこか遠くで誰かが泣いている音がする。
――いかないで
ハッと目を覚ますと、私達はフェンスに手を掛けて身を乗り出している所だった。
何だったんだ今のは。
途端、激痛。
激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛、いたいいたいいたいたすけて
――いかないで
また、だ。あの声。
私は振り返る。
ぐちゃり、潰れて凹んで歪んだ顔が歪に笑う。
いかないと、
恐怖で喉が嗄れ、叫び声は出てこない。
ひた走る、走る、走る。
ゆっくりと瞼を開く。
「……先生!意識が!戻りました!」
私はまだ、どこかで揺蕩う。
じんわり浮かぶ、玉のような汗。
ここに来てもうどのくらい経つのだろうか。
あんなに沢山いた人々は早々に出ていってしまった。
ぐるり、脳みそが掻き混ぜられるような気がする。
まだだ、まだ早い。
視界が揺れる、たっぷり滴り落ちる汗と汗。
……そろそろ頃合だろう。
やおらその場で立ち上がる。
地球が、大地が、ぐわんぐわんと一挙に近付く。
刹那、木目調の床、強かに打ち付けられる身体。
痛い、苦しい。
そう思う間も無く、感覚はふわり宙に浮かんでから消えた。
砂浜に書いた夢という字はあっという間に波に攫われていった。
嗚呼、かくも儚いものなのか夢というやつは。
それまでの私を築いていった夢の欠片は無残に砕け散った。
途端に今まで生きてきた足取り全てが無になったような気がして。
波はそのまま引いては寄せてを繰り返す。
あまりに心地の良い波の音。
私はいつまでもいつまでも水平線を見つめていた。
「お兄ちゃん、私と結婚してください」
その時の真っ直ぐな君の眼差しが今も脳裏にこびりついて離れない。
どう答えれば、幼い君の心を傷付けずに済むだろう。
そう考えた私の咄嗟の判断がこれだ。
「……君が大きくなっても覚えていたらね」
途端にキラキラと輝くその目は、私にとってあまりにも眩しくて。
君の健やかな成長を心から祈らずにはいられなかった。
「ああ、そんな事もありましたねぇ」
布団に並ぶ裸の大人が二人。
「あの時の君はそれはそれは可愛かったのになあ」
痛む腰から意識を逸らそうと下手なことを喋ったのがいけなかった。
「……今の私は可愛くないですか」
ゆっくりと覆いかぶさってくるからタチが悪い。
そのまま額や頬にちゅ、ちゅと唇を落としてくる。
昨晩あれだけしたと言うのに、押し付けられた下半身の熱量に軽く目眩がした。
「うぅ……可愛くない……」
「そうですか、では可愛いと思って頂けるように頑張ります」
ニコリ、花が綻ぶような笑顔が私の心の柔らかい所を擽る。
だから、私は貴方から五感を奪いたい。
だから、私は貴方以外見えないの。
だから、私は貴方だけのもの。
だから、私は貴方依存性。
だから、私は貴方。