風の噂であの子が結婚したと聞いた。
僕では幸せに出来なかったあの子が、どこかの誰かのものになったのだ。
嗚呼、喜ばしいのに涙が止まらない。
嬉し涙、いいやこれは。
いっそ知りたくなかったこれは。
風の噂に振り回される僕と君。
「あなた、起きて、あなた」
ハッと目が覚める。
隣にはあの子、ならぬお前がいるではないか。
「酷い汗、魘されていたから起こしましたよ」
「嗚呼、起こしてくれてありがとう」
夢から覚めた現実ごと、お前をぎゅっと抱き締めた。
私は、あの日に思いを馳せることしかできない。
当時私はまだまだ子どもで、記憶には何も残っていない。
親から語られる当時の話をきいてどこか他人事のように思う。
それでも決して風化させてはならないのだ。
天変地異、人の力の遥か遠く及ばぬところで、神は災いを起こす。
人間なぞほんのちっぽけな存在なのだ、そう言われているようで。
嗚呼傲慢な人の子よ、ゆめゆめ忘れるでないぞ。
この世にはどうにもならないことがあるということを。
そしてそれは、手と手を取り合って修復していくしかないということを。
あの日、墓場で運命の赤ん坊を抱きしめた時に全てを思い出した。
この子は必ず俺が守らねば、そう決意したと同時にもう一人の大事な存在に気がついた。
愛とは何かを説いてくれた、大切な相棒。
お前は今、どこにいる。
東京に戻ったら酒を酌み交わそうと約束したではないか。
嗚呼もう一度お前に会いたい。
ようやっとここまできた。
中々首を縦に振ってくれなかったあなたの心を手に入れて、そこから少しずつ少しずつあなたに触れて。
心も身体も徐々にとろとろに蕩けていく様は見物だった。
肌と肌とが直接触れる。あなたを隔てるものはもう何も無い。
普段は隠された花園にそっと指を沈めた。
「そ、それ以上は……ッ」
だめ、と言いたいんですよね。分かります、これまで何度も躱されてきたその台詞。
でも、もうこちらも限界です。
辛抱強くあなたの「良し」を待ち続けてきたからこそ、言えるこの台詞。
「あなたとまだ見ぬ景色を見たいのです」
刹那、目が大きく見開かれる。嗚呼そんなお顔も可愛らしい。
「……だめ、ですか……?」
視線が分かりやすく泳ぎ、紅く染まっている頬がより一層火照る。
「……わ、かった……」
おいでとばかりに腕を広げて迎え入れてくれるあなた。
そんな男らしいところも大好きです。
遠慮なく飛び込むことにしよう。