明良

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8/28/2024, 4:46:41 PM

ドンドンドン、と玄関を叩く音が聞こえる。誰かはわかっているが、一応覗き穴から見慣れた顔を確認してドアをあける。
「お疲れ。今日銭湯行かないか」
そう淡々と言ってきた彼女は、小学校からの友人で、隣の部屋の住人である。
彼女は、私が小学生のときに3軒隣の家に越してきて、私と同い年で一番近くに住んでいたから一緒に登下校することになったというのが始まりである。

祖母の代から地元に住み、町内に馴染み深く、幼稚園から家族ぐるみで仲が良い友達が大勢いた私とは違い、違う土地からきて周りと異なる空気をまとう彼女は、人見知りだったこともあり、他の子供たちから少し浮いていた時期も少なからずあったが、私、私の友達と次第に輪に入ってくるようになった。
彼女が学校にすっかり周りに馴染んで、あっという間に6年が過ぎた。私は中学受験で都心の学校へ、彼女は地元の中学へ進み、私たちが顔を合わせることはなくなった。

それまで友達に困ったことがなく、子どもたちのリーダーのようだった私は、人間関係で初めて挫折した。
人に避けられるような面倒な性格もしていないし、勉強は常に教える側だったし、運動だってできて、人の足を引っ張るようなところなんてひとつもないのに。
ここは地元と違って、誰一人知り合いがいなくて、私の地の利も意味がなかった。同い年の子より頭一つ抜けている学力や積極さも、ここでは普通のことだった。
入学前は、これで高校受験に怯えなくていいと得意になっていたのに、制服がダサくて校舎も古くても、馴染みのある顔ぶれとともに校則や勉強に文句垂れながら地元の学校に通う子が少しだけ羨ましくなった。

高校は中退して、高卒認定をとって大学に進んだ。実家から通えなくもない距離ではあるが、電車にのりたくなくて、大学の近くに部屋を借りた。

そして、大学は違えど偶然にも隣の部屋に越してきたのが彼女であった。
小学校時代、周りと馴染んでもどこか遠慮がちだったときとは打って変わって、今ではこうしてずかずかと突然部屋にくるようになった。母親づてに聞いたところ、彼女は高校では同じ中学の生徒はいなかったが、また気が合う友人をつくって、3年間過ごしたようだ。

たまたま持っていたものを自分でつくったように思っていた私と違って、彼女は引っ越してきたとき、クラスが離れたとき、中学に入ったとき、高校に入ったとき……、一人で輪をつくったり、入ったりということを何度かしてきたのだろう。時々彼女が尋ねてくるのは、哀れまれているからだろうか。

あのとき仲間に入れてくれたおかげだ、今度は私から誘いたいだけだ、と彼女は言った。
前もって連絡して誘えと返すと、他の人にはもっと遠慮するけど、お前は大丈夫でしょ、と早く支度をするように促された。

【突然の君の訪問】

8/27/2024, 8:33:48 PM

ようやく家に着いて、玄関で傘をおろす。
その途端に、自分の体に叩きつけるように降っていた雨音が静かになった。
雨脚が弱まったわけではない。先ほどまで、頭上で弾け続ける、ただただ不快でしか無かった雑音がなくなり、しとしとと、ただ雨が降り続けている。
庭の葉に雨粒が弾けるパラパラとした音が軽やかさまで感じさせ、今までの苛立ちが収まる。

傘を介しているからこそ雨音が弾ける音が自分のなかで爆音になり、大雨でもないのにとんでもなく雨に降られたような気分になっていた。

本人以外に痛みが分からないことの例えに良い気がしたが、私以外なら雨のなか佇むことについて、こんな余計なことではなく、もっと楽しい想像を膨らませるんだろうと落ち込み、太陽が出ていようが、やはり家のなかが一番だと、さっさと家に入った。

【雨に佇む】

8/26/2024, 3:06:40 PM

大掃除をしていると、昔使っていた日記帳がでてきた。
誕生日に貰ったもので、せっかくだからと書き始めたのだ。
内容は、今日は誰々と遊んだ、今日はこんなものを買った、読み始めた漫画が面白い、もうすぐ始まるドラマが楽しみだとかといった単純な内容で、添えられた友達や好きなキャラクターのイラストやプリクラからは悩みなんてなさそうにみえた。
ページをめくっていくと、だんだんと日付が空いてきたり、とくになし、とだけのページが出てきて、飽きて書くことがなくなってきたのが読み取れた。
雑になった空白が多いページを飛ばしていくと、いちごや、ブルーハワイの匂いがするカラフルなページとは違って、鉛筆の黒一色のページがでてくる。

「やっと一年が終わった! もうあいつらと同じクラスになりませんよーに!」

そうだ。あのときだって悩みは確かにあったし苦しんでいた。書き出してしまえば忘れられるとも言うけれど、私はキラキラした日々に灰色の時間を入れたくなかったし思い出したら嫌で、何も書かなくなったのだ。自分のなかでだけでも、なかったことにしたかった。

数ページ戻っていくと、ちらほら書き込みがある日もあった。
「手紙回されて悪口言われてた。さいやく」
「もうわざわざ教室にいるのやめよ、明日から図書室いく!」
「お母さんが電話した、明日おわる」
「あやまらせた! ざまあ」
「あやまったあとに手紙でお前もわるいからあやまれっていわれた、お母さんもまた怒った。はなしつーじない、むし!」
フキダシで、またいーつけてやろうか、と書かれているのをみて、強気な自分に笑った。

今の、少し器用になったように見えて、実際は周りも自分のことも諦めて、傷つけられないように人波を何とか抜けている私より、この頃の方が誇らしくみえる。
実際は人と楽しく遊びたかったし、折れていなくともやっぱり惨めで、すぐに変わるものなら変えて欲しいと願っていたと思う。

あの灰色の時間を過ごしたわたしを、漸く抱きしめてあげられた気がした。

【私の日記帳】

8/25/2024, 2:11:28 PM

SNSで知り合った人と、勇気を出して会ってみた。
実際はどんな人かわからないまま会うのは怖かった。
何度も通話したり、他の人とのやりとりもチェックしたりしたから、大変なことにはならないとは思うが、待ち合わせは家から離れていて、人通りが多いところを提案した。

実際のその人はイメージしていた以上に和やかな人で安堵する。近くなカフェに入り、ぎこちなく話し始める。チャットではお喋りだった自分に恥ずかしくなった。知り合ったきっかけであるSNSで、最近呟いたことの近況についてや、そもそもお互いのアカウントのどこに惹かれたのかチャット欄を開きながら記憶を辿るように話し出せば、だんだんと言葉が出てきた。
この人の年齢や職業や住んでるところは気になるが、今更聞くのも悪い気がするし、知らせなくとも話せるのがこの関係の良いところでもあるから気が引けた。
しかし別れ際、電車に乗る際に近所に住んでいることがわかり、それを皮切りに趣味以外で、色んなことをお互い聞いた。
駅についたときには「今度はわざわざカフェじゃなくて、近くで話そう」と手を振って別れた。友達みたいだ。
こんなのは、大学前でじゃあここで、駅で寄りたいところあるからここで、とすぐにそそくさ別れて帰る生活をし始めて以来だ。

近くの公民館では安く部屋が借りられるらしく、あの子と向き合うように机を移動させる。
「小学校の班みたい」と君が言っていた。
確かにそうだ。でもあの頃みたいに言われてやったわけでもない。もう大人だから、自分から動かなきゃ誰とも向かい合わせで食事したり、何かを作ったりすることはないのだ。
あの時勇気を出してよかった。そう思いながら私は、隙間を綺麗に埋めるように机を押し出した。

【向かい合わせ】

8/24/2024, 5:56:53 PM

「お前はどうしたいんだよ」
それがわからなきゃ何もできない。私の手を無理やり掴んで彼は言った。
まず離してほしいと言った。お前が話したらな、と彼は言う。とにかく手を離してくれなければ、まともな言葉も浮かんでこない。そもそも求めていることなんてもうないが。

「お前が許さないというならそれでいい。ただ謝らせてほしい」
本当に後悔しているし、反省もしている。同じ過ちは二度としないと誓う。近づくなと言うならもう姿をみせないようにする。して欲しいことがあれば聞く。だから、

「ならそれでいいじゃないか」
彼の話を遮って言葉を返す。
「後悔も反省もできたんだろう。ならそのまま過ごしていけばいい」
「しかし、」
「して欲しいことなら、今、手を離すこと。反省したというなら、今後出会う人に同じことはしないでしょう」

何も言わなくなった彼の手が緩む前に無理やり手を抜きとって、再び背を向けて歩き出す。
事が形式上収束したようにみえたあと、わざわざ目の前にきて改めて話そうとしてくるなんて彼はましなのかもしれない。先に言った私の“お願い”も、“許し”と受け取って、自分のなかで終わったことにはしない人なのかもしれない。それでも。

謝られたら私が困るのだ。許さないとて一生引きずられては私も引き摺るだけ。許したとて忘れてもらっては腑に落ちぬ。
この世は地獄ではなく、罰を受けて禊を払い、犯した全てを清算させることはできない。そして私は彼の地獄に判決を下し、次の生を歩む手伝いはしたくない。

この思いを晴らすための望みを強いて述べるなら、時間を戻して全てなかったことにする。いっそ私たちが出会わなかった過去にする。実現不可能な話。

彼が抱える思いは、その後悔と反省やらは、案外すぐ消えるかもしれない。似たようなことをまた犯すかもしれない。何も信じられなくて先が見えない。
私の不透明な思いは薄くなるとは思えないが、この先の人生で湧く思いと一緒に濁らせたまま抱えていくしかない。浄化する方法はない。

これ以上、綺麗にすることは出来ない、何をしても余計なことでしかない、どうにもならない話なのだ。

【やるせない気持ち】

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